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マイフレンズ

しばざ記(501~)

2008年10月12日 (日)

尾道ラーメン

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今回の広島方面の旅の目的は「単に尾道ラーメンを食べに行く!」、それだけの為に時間とお金をかけて行く予定だった。「それはうまいものを食いたい」、そのためには多少のリスクを背負ってでも行きたいということもあったし、その有名なラーメンの本場が風光明媚な観光地だということもあった。

といっても、都内で贅沢でうまいものを腹いっぱい食べても数万円で済むわけだから(私の贅沢は数千円)、たかだか530円のラーメンを食べに行くというのは、とんでもなく贅沢、and、超もったいないのである。だいぶ距離に差があるものの、佐野ラーメンを食べに行ってから「食い物と旅」に対する感覚が少し変化してきたような気がする。

でもでも、片道17,700円(新幹線利用)かけて、どうせ行くなら、ついでに広島まで足を延ばして、1泊くらいして、夜は「広島焼き」に冷たいビール、あわよくばアナゴに牡蠣など広島名物で舌鼓というような計画に変更した。ははは。結局出費はより嵩むが、コストパーフォーマンスが少しは高くなるのではないだろうか。

尾道は何回か素通りしているだけで、今回初めて駅頭に立った。噂に違わず本当に風光明媚なところだった。駅前のロータリーを挟んですぐ海で、その海の向こうの手の届きそうなところに島があり、狭い海峡をひっきりなしにフェリーボートが往復している。駅の反対側はすぐ傍まで山が迫り、映画に良く出ててくるような急な石段の風景がそこかしこにある。商店街を歩けば、もちろん観光客を狙ったようなノスタルジック、かつ、かっこいい店もあれば、単に老朽化しているだけの店もあって、これまた雰囲気は最高。

尾道には1時半過ぎに到着。本来ならば、もっと早く到着して昼食に尾道ラーメンを食べる予定だった。しかし、新幹線を岡山で降りて(本来は福山で降りる筈だった)、岡山も少し歩いてみたので、到着が遅れたのだ。前日に下調べしていたら、広島の路面電車から転じて、岡山の路面電車にも乗ってみたくなったのだ。どうも私の旅は予定通りに行かない。ははは。

尾道ラーメンを食べる店は既に決めていた。この地に古くからあって、その名を全国的に馳せている朱華園(しゅうかえん)。同店の「中華そば」が尾道ラーメンの名を世に知らしめたのである。但し、その朱華園の中華そばは、自ら一度も尾道ラーメンと名乗ったことが無かったらしい。それは千葉でも似たようなケースがある。竹岡式ラーメンの発祥の「梅の家」が竹岡ラーメンと名乗っていないことである。因みに「竹岡ラーメン」は別の店が商標登録している。

尾道ラーメンには大雑把に分けて2種類の系統がある。それは私のにわか知識であるが、まずは前述の朱華園の中華そばを尾道ラーメンと言う場合。鶏がら出汁にひらべったい手打ちの麺。対して、その味に瀬戸内海で獲れる小魚の出汁を加えてアレンジしたもの、それを尾道ラーメンという場合である。一般的には後者を尾道ラーメンと言うケースのほうが圧倒的に多いらしい。但し、どちらも尾道ラーメンには間違いない。

私が広告宣伝などの仕事を頂戴したり、色々お世話になっている茂野製麺の「尾道風(手折り)ラーメン」は後者のほうである。鶏がら、豚の脂の旨さに加えて、小魚の出汁のいい風味、そして、乾麺だけれど、まるで手打ちのようないい感じの手折りめん。私が言うと自社の宣伝のようで申し訳ないのだが、結構旨いのだ。

http://www.shigeno.co.jp/ (しげのオンラインショップ)

Onomichi

朱華園は、尾道駅から1km東のほうへ歩いたところにある。古びたアーケードの店を冷やかしながらそぞろ歩きしているとあっと言う間に到着する。近くいは千光寺へ登る参道やロープウェイもあって、尾道のほぼ中心部と言ってもいいだろう。人気店なので並ぶのも辞さない覚悟で臨んだものの、いきなり座れたのでラッキーだった。店内はそれほど広くもなく、ラーメン屋としては普通かな、という感じ。約8割の客が入っていた。

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先ず、入り口で注文し、プラスチックの札と引換えにお金を払う。お冷はセルフサービス。席に着くと、約5分で注文した中華そばが運ばれてくる。写真を慌てて撮って、まずはレンゲでスープを一口すする。あっさりはしているものの、思ったよりも濃厚である。結構スープに脂も浮いている。醤油もかなり濃い目だ。私としてはもっと味が薄いほうが好みだ。だが、間違いなく旨い。コクがある。

麺は下調べしたとおり、やや平べったい手打ちの麺。つるつるした食感である。もっとしゃきっとした感じを想像していたが、コシは普通だと思う。まあ、それはそれで良い。スープとの相性はいいと思う。チャーシューはやや薄めだが、一番上の写真のように大き目。スープとの調和も取れている。

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腹八分目。もう少し食べたい、というところで完食。ご覧の通り、スープは殆ど飲んでしまった。スープだけだと、ちょっとしょっぱい感じ。後で絶対に喉が渇くのは必至だ。お湯で割って飲みたいところだった。その後、ロープウェイで尾道市を見渡せる千光寺公園に行き、その展望台ですかさず500mlペットボトルのお茶を一気に飲み干した。尾道から広島に向かう電車の中でもビールをぐいぐい飲む。旨いラーメンとは言えども、スープはそこそこ残したほうがいいのだ。

しばざ記 550


*   *   *



尾道については以下にも書いたよん。

http://baytown.dokkoisho.com/west/onomichi.htm

たらいま~!

たらいま~。
たった二日間だったけれど、岡山、尾道、広島、宮島を周ってきたのだ。
早朝から晩まで動き回ってたんで、かなり密度の高い旅。

でも、本当の目的は、なんと尾道ラーメンを食べること!!
有名な朱華苑に行ったのだ。

夜は当然ながら広島焼きとキンキンに冷えた生ビール!!(たまりませ~~!!)

*   *   *

あ。
今、気づいたのだが・・・、このサイトのカウンタが、本来の「しばざ記」(ジオサイト)のカウンタを上回っていた。ということは、どういうことなんだろうか。

「しばざ記」(ジオサイト)のカウンタは1年前から動作していて、現在のカウンタは"11,309"を示している。で、6月20日頃に開設したココログ版は、"11,363"である。それだけニフティのブログのシステム的なものが上回っているってことなのか。ま、いいか。実はあんまりそういうことに無頓着なので。とりあえず皆様、拙サイトにお越し頂き、まことに有難うございます。

*   *   *

<NEWSから>
あのロス疑惑の三浦和義氏の自殺には驚いた。頭もいいし、喋りもうまい彼が自殺した本当の理由ってなんなのだろう。日本国には無い、凶暴罪で、最高の終身刑が下るのが嫌だったのだろうか。うーむ。どうもそういうことではないような気がする。確か彼は日本での殺人に関して無罪が確定した後にも、万引き等でメディアに出ていた。いわゆるロス疑惑に、限りなく灰色の無罪判決が出て終止符が打たれたのに、そのソソウはいったい何なのだ。ああいう万引きしても堂々としている彼の態度から(それだけの理由じゃないけど)、絶対に自殺なんてあり得ない。でも、現実的には・・・。

自殺の理由も、事件のことも、永遠の謎になってしまった。

無罪判決が出たときに彼は、「きっとこの判決を聞いて一番可笑しがっているのは天国の一美ですよ。」と言っていた。おそらく今、この動機の分からないままの自殺報道を一番可笑しがっているのは三浦氏本人なのだろうか。

Kazu

しばざ記 549

2008年10月 9日 (木)

久々の「ふくちゃん」(博多ラーメン)

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何故か夕食にラーメン。このところラーメンの外食が続いている。併せて、キンキンに冷えたビール。ラーメンの前のビールって、物凄くうまいのだ!!

今夜のラーメンは、「ふくちゃん」(千葉幸町店)である。

ふくちゃんは、超久々。

少なくとも15年以上は行っていなかった。

味も懐かしかった。

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色々トッピングして、ずずーっと食べ、そしてすかさず替え玉。
替え玉が100円なのは嬉しい。
替え玉の100円ってのはずーっと変らない値段だよね。きっと。

それと、麺の細さに改めて驚き。

そういえば、最近細い麺のラーメンを食べていなかったっけ。

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上が店の外観。

そう、あの14号沿いなのだ。

ここに入るのは3回目。

この店が出来るずっと前に、ふくちゃんは、たぶん都内の1号店だと思うけれど、築地店に通っていたことがある。大げさかもしれないけど、ほんと、通っているくらい毎日食べていたことがあった。私は牛丼の吉野家もそうだけど、いっぺん凝ると、立て続けに毎日食べてしまうのである。困ったもんだ。

あの当時、博多ラーメンそのものが珍しかった。下北沢には「熊ぼっこ」という熊本ラーメンの店があったけど。

おっ!今、写真を見て、「しまった!」と思った。そうだ、紅しょうがを入れるのを忘れた。やっぱ博多ラーメンには紅しょうがをたっぷり入れないとね!

ま、いいか。

それと、辛子明太子。あれをたっぷり入れる。赤みを帯びた濃厚のスープに絡む細い麺。たまりません!!!

しばざ記 548

2008年10月 8日 (水)

北習志野「大勝軒」

Taisho

近所に行ったので、寄ってみることにした。
噂には聞いていたが、やっぱり並んでいた。
でも、5人くらいなので、大したことないと思った。
案の定3人は、すぐに中に入れた。
10分くらい並ぶと、私の後ろに更に3人並んだ。

ところが、なかなか私の順番にならない。
おまけに雨が強く降ってきた。
結局、約20分待って中に入った。
カウンタに座る。

さて、それから約20分待つ。
つまり、合計40分待って、やっとやっと、写真の「もりそば」(つけめん)にありついた。もちもちっとした太麺に、ちょっと濃い目でコクがあり、やや酸味のあるスープがいい。うまかったけど、疲れた。

池袋の大勝軒には二十年前以上前に一度行ったことがある。どんな味だったのかあまり覚えていない。でも美味しかったんだろうな。並ぶのが嫌だったので、その後行かなかったのもあるけれど、つけめんだと私にとっては身近にあった「大王」のほうが馴染みがあった。

「大王」もうまかったよね。最近あまり見かけないけれど・・・。

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↑ 私が行ったときの様子。

並ぶ人は、道路を渡った線路沿いに。ここ、新京成線の電車からよく見えて、この駅を通る度に、「あ、また並んでいる。」とつぶやいていた。

[追記]
そうだ。今、思い出した。大勝軒のチャーシューはボソボソしていて、実は私好みではない。きっと、本来はあの濃い目のつけ汁にマッチさせる為の選択なのだろう。ま、あくまでも好みの問題なのだけど。(2008/10/9)

その日のもうひとつの話題。い、いや、話題ってほどのものじゃない。いわゆるごみネタでやんす。

Kyuusui

白井で、巨大な給水塔を見つけた。実は以前からその存在を知っていたし、千葉ニュータウンをクルマで走るときには、なんとなく気になっていた。今日すぐ近くを通ったのでしげしげと眺めた。実にでかい。上の写真、対比するものは手前のプレハブの家なんだけれど、だいぶ手前でこれなのだ。

続きは、こちら(以下)。

http://baytown.dokkoisho.com/chiba2/shiroi_tower.htm

しばざ記 547

2008年10月 6日 (月)

納棺師

映画「おくりびと」で注目される職業。納棺に際しての、例えば、ご遺体の体を清める、衣装を着せる、化粧をする、等々の仕事をする人なのだが、遺族への心のケアもその仕事の範囲らしい。一般的には納棺師というよりも、葬儀社のスタッフが兼任することが殆どだそうだ。 いずれにしても、非常に大変な仕事。こうした職業を忌み嫌う人もいるだろうけれど、こういう仕事をする人がいなければ、葬式なんてできない。

映画のキャッチコピー「きれいになって逝ってらっしゃい」とうフレーズが心に残る。もう封切しているのかな。是非観たい映画だ。

http://www.okuribito.jp/

*   *   *

関連した話というわけじゃないのだけど、以前、藤丸さんの青春秘話を聞いた。噂では聞いたことがある、あの「死体置き場のアルバイト」。ホルマリンのプールに入った遺体を棒で・・・沈める(?)仕事なのだ。それをなんと藤丸さんが学生時代にやったことがあるらしい。噂どおり、金にはなるけど、臭いが取れなくて大変だったとか。何が凄いって、あのロック、ポップス、フュージョンの大重鎮が、そういうアルバイトをやっていたということ。

*   *   *

今日は雨。Hさんが、「つのだ☆ひろとスペースバンド」で演奏している藤丸さんらしき映像をYOUTUBEで見つけた。なるほど、確かに藤丸さんだ。皆、めちゃくちゃ若い。特に、つのだ☆ひろなんて今日の姿と思い切りギャップがある(笑)。

http://jp.youtube.com/watch?v=_L7aTLnaTHo

で、何気なくつのださんのHP(ブログ)を見たら、最近親友を亡くされていた。

>納棺、お通夜の法要、一夜開けて告別式、友人代表で弔辞を読み
>焼場に運び火葬、収骨、初七日法要までをすませて帰宅。
>その間、いったい何十度涙を流した事やら・・・・・。
>本当に諸行無常です。最近、僕自身も年を取ったこともあって
>友人知人がこの世を去ることが多くなりました。

  つのだ☆ひろさんのブログ
  http://ameblo.jp/tsunohiro/

人間は歳を取ってくると、友人が一人、二人と冥土に旅立ってゆくのは仕方の無いことで、自分がその真っ先に逝ってしまう場合もある。ひょっとしたら、明日旅立ってしまうとだってあるわけで、もし私が先に逝ったら、皆さんよろしくね。あんまり悪口言わないでね。(笑)

しばざ記 546

2008年10月 4日 (土)

ハルピン飯店(幕張)

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夜遅くまでMさんと、旧道に面したハルピン飯店で飲み喰いしてきた。ほんと、腹いっぱい食べて、いい雰囲気で酔っ払ってきた。うまかった。大きな瓶から汲む紹興酒もうまかった。最後はオリジナルのラーメン。

Mさんが大絶賛していた。ヤケドするくらいアツアツで、あっさりしたスープ。しゃきしゃきしたニラとモヤシ。二人でたらふく食べて、飲んで。これでひとり3,500円。ちょっと高級の中華料理店だったら1万円は飛ぶんじゃないか。ほんと良心的だし、朴訥としたおばちゃんもいいし。

幸せな夜だった。

*   *   *

ハルピン飯店の場所は、総武線の幕張駅から南下し(海に向かう)、旧道とぶつかる交差点を右折。そのまままっすぐ約500mくらいか、もっとかな?とにかくその旧道沿いにあるのだ。右手にセブンイレブンが見えてきたら、もうちょい。左側の目だたない店だ。セブンイレブンのはすむかいにある。

外装はご主人の手造りなのだとか。外観は、なんというか、チープと言ったら失礼だけど、でも物凄く庶民的だ。レトロと言っていいのだろうか。Mさんは、外観だけではまず入らない店かもしれないと言った。同感。確かにそうだ。外観も凄いけれど、内装も凄い。凄いというより、昭和30年代に良く見かけた中華料理屋という感じ。周囲の雰囲気と併せてディープな幕張という感じだ。でもこの感じはたまらなくいいのだ。

Haru

上が地図。近所には、ちとマイナーだけど、幕張の歴史に重要な大須賀山もある。山のほぼ頂上には首塚があり、ちょっと不気味。

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これが紹興酒。
大瓶で1,500円。口当たりがいいから、どんどんイケてしまう。Mさんが、「これ危険ですよ!」(うっかり飲み過ぎてしまう!)と、叫んでいた。それくらい旨い!!

ぶよちょ氏が大絶賛しているのも頷ける。

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お通し。ビールのツマミに最適。

ネギにはごま油と塩で味付けしてある。シンプルだけど、うまい。珍味だ。ちょっと塩が効き過ぎているかもしれない。ビールと一緒に胃袋に流し込むのには妥当な塩加減か。

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じゃがいもの細切り炒め。

これもごま油と塩で味付け。強火でさっと炒めるので、色も鮮やか。シャキシャキした歯ごたえ。ボリュームもあって旨い。600円。

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Mさんリクエストの八宝菜。

アツアツ。酢をかけて食べた。海老がぷりぷりしていて旨かった。

*   *   *

途中省略。

さて、いよいよフィニッシュはラーメン。

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このビジュアル。普通のラーメン屋さんでは、ありそうで無い。

太めのモヤシとニラが入っている。モヤシは非常にシャキシャキしている。スープは塩味。たぶん鶏がらをベース。具に少し混じっている豚肉の旨みが加わる。が、しかし、Mさん曰く、普通のラーメン屋さんの味ではなく、中華料理屋さんならではの味。確かにその通り。オリジナリティを強く感じる。そして、非常にアツアツな点がMさんと私が一番気に入った点だ。

ラーメンフリークのMさんは、ぬるいラーメンのほうが早く食べ終わるので、回転率を上げるのであれば、そうするが、アツアツで出す店は良心的なのだと言う。なるほど、納得。

このラーメンのお値段は400円。安い。前回最後に行ったのが、確か、5年くらい前だったか、そのときは300円だったか350円だったかと思う。そう家族3人で、ラーメンを食べに行って合計1000円くらいで非常に驚いたことを思い出した。しかも、そのときにおばちゃんが息子にコーラをサービスしてくれたのだ。有難や~。

しかし、あのとき食べたラーメンと、今回のラーメン、ひょっとして味が違うのではないだろうか。おばちゃんに聞いてみると、「以前はしょうゆ味で、今は塩味。」と必要最低限の答え。なるほど、やはり変ったのだ。でも、相変わらず朴訥としているのだった。おじちゃんの姿が無かったけれど、元気にしているだろうか。また時間が出来たら是非寄りたい店だ。

しばざ記 545

2008年10月 3日 (金)

ずっきーの海

Zuckey

今日、思い立って、ずっきーの遭難現場に行ってきた。
天気も良く、ここで彼が死んだのが、果たして本当のことなのか、と疑ってしまうくらい、波も穏やかで、いい雰囲気だった。

周囲にはたくさんの釣り人。
そんな中、ちょっと周囲の人は異様に思ったかもしれないけれど、同行のヒナちゃんと、ケリーちゃんと一緒に海に花を投げ入れた。

花はケリーちゃんが買ってきてくれた。

ここに来るのは1年半ぶり。
ずいぶん待たせてしまったけど、約束(心の中で)どおり、俺たちは来たぞ!

どうぞ安らかに!

*   *   *


現地には電車で行った。ヒナちゃんとJR海浜幕張から品川駅まで行き、ケリーちゃんと合流、そこから京急三崎口行きの特急に乗る。京急の特急は向かい合わせの席でまるで遠足に行くみたいな気分だ。横浜の上大岡でレトロな普通電車に乗る。

Zuckey02

こんなまるっこい電車が現役でちゃんと走っているというのが嬉しい。

杉田で京急を降りる。京急からJRの新杉田まで歩き、併設のシーサイドライン(ゆりかもめみたいな電車)で、産業振興センター駅で下車。そこから現地までは10分くらいか。

http://www.seasideline.co.jp/
シーサイドラインのホームページ

産業振興センターの中庭で、なんだかよく分からないイベントをやっていて、色々な屋台も並んでいたので、そこで昼食。ジャンクフードで腹いっぱい。ビールも飲んだ。(笑)

http://www.idec.or.jp/shisetsu/s7-kanazawa_sangyo.php4?f=kanazawa_sangyo/1-gaiyou.htm
横浜金沢産業振興センターのホームページ

その産業振興センターの中に雑貨屋が入っていて、マルチメーター(テスター)がなんと498円(税込み523円)で売っていたので、すかさず購入。偶然か、前日テスターを使おうと思ったら電池の液漏れでぶっ壊れていたので、買わなくてはならないと思っていたところだったのだ。因みに壊れたテスターは12,000円のもの。果たしてそれの代用になるのかどうか分からないけれど、当面は充電池の電圧を測ったり、ま、そんな程度の利用だろうから、案外いけるのではないだろうか。

Maltimeter

上がそのテスター。かなりチープな箱に入っている。まだテストはしていない。

この続きはまた後ほど。
(忙しかったら続きは無し。)

しばざ記 543

2008年10月 2日 (木)

「新編・山靴の音」 芳野満彦

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高校三年生から二十代の後半にかけて、いわゆる山岳小説だの、山行記録、山に纏わる紀行文とか、そういうジャンルが好きで読みまくった。この本はその中のひとつ。自分でも山登りをやったし、山岳写真にもハマったし、少しは身軽だった時期に沢登りなどもやってみたこともある。しかし、山は危険が至るところにある。ベテランでも命を落とすことがある。

写真の文庫本は昭和56年の初版で、その数年後に買った。手にしたときは、山に関する随筆集だと思っていた。軽く読みたかったのだが、いくつかの短編の冒頭がショッキングな話(実話)なのである。著者(芳野満彦氏)が高校生のときに、友人と冬の八ヶ岳に登り遭難する話なのだ。

雪山で猛烈な吹雪に遭い、ルートを失い、食糧も無くなり、水も無くなる。友人は凍傷にかかり、力尽き死んだ。それから数日間、彼は雪を舐めながら生きていた。万年筆のインクさえ凍るような寒さで、自らも死ぬ覚悟を決めていた。意識が朦朧とする中、寸前のところで救出される。そういう話なのである。氏はそのときの凍傷で両足先を失う。常人だったら、二度と山なんて行くか、と思いきや、彼はその後、世界の名だたる山々を登る有名なクライマーになる。

ある程度健康であれば、毎日の生活の中で突然襲ってくる死なんて無いと、普通はそう考える。重い病気にかかっている人は、毎日のように、「ひょっとしたら、今夜自分は死んでしまうかもしれない。今日は乗り切ったとしても、明日の朝、死んでしまうのだろう。」と、そんなふうに考えている。私の父がそうだった。病気じゃなくても、理不尽な事件や事故に巻き込まれて、不運な死を遂げる場合もある。冬山は、そこらじゅうに死が潜んでいる。ちょっとしたことが命取りになる。冬だけじゃない。夏山だって、色々な危険が潜んでいる。

久々にこの本の「八ヶ岳遭難」を読んだ。あまりにもリアルなので、読んでいるときにまるで雪の中に居るように全身ががたがた震えてしまった。芳野氏がそのとき、あと何時間で自分は死ぬんだろうか、などと考えながら数日過ごしていた気持ちが痛いほど分かった。私も山で死ぬような目に遭ったことが二度ある。でも、死ぬような目に遭ったと言いながら、こうして生きている。昨年、溺死したずっきーも生きていたら、今頃「死にそうだった。」と笑いながら酒を飲んでいただろうか。

忙しさを理由にあれから横浜の海に行っていない。そろそろ行って、ずっきーを慰めてやりたい。

しばざ記 542

2008年9月27日 (土)

チャリティライブ

千葉のウッドハウスという店で、天晴君の心臓移植の為の募金活動の一環として開催されたライブに行ってきた。天晴君のお友達のお母さんたちが頑張ってた。ウッドハウスのマスターも出演者も頑張ってた。たくさんの人が集まっていた。

Tensei01

このお方が(天晴君を救う会)副会長さんだったかな。

Tensei02

そして、演奏はこの人たち。
宮崎勝央(sax)、外山安樹子(key)、関口宗之(b)、あやの(ds)、Shino(vo)・・・・・・(あやのさん、Shinoさんについては正確な表記じゃないです。すみません。)

ご機嫌なサウンドなのだ。

天晴君へのオリジナル曲のプレゼントもあった。

お店(ウッドハウス)もいい雰囲気。明るくて、清潔感があって、ビールもカツサンドも美味しかった。場所は護国神社の近く。千葉公園も歩いてすぐなので、公園を散歩したりした後に寄るというのもいいかもしれない。

Tensei03

Sunnyさん、お二人(外山さんと関口さん)にSunnyさんのことをお話ししておきましたよ。写真もご覧の通り撮らせて頂きました。 有難うございます。

*   *   *

ライブ終了後に、「天晴君を救う会」からの報告があった。
現在のところ9000万円集まったそうだ。
皆さんの協力も凄いけれど、天晴君のお友達のお母さん達が家事やパートやらの空いたときに一所懸命汗水流して走り回った賜物である。でも、心臓移植にかかるお金は約1億4000万円なのだそうだ。まだまだ、いや、でも、この調子で行けばなんとかなりそうな気配である。天晴君は今、病院のベッドで頑張っている。

「俺達のホームページ」のスタッフも微力ながらご協力させて頂いている。
http://www.oretachi.jp/

しばざ記 541

2008年9月26日 (金)

田山花袋 「田舎教師」

Inaka

東武線に乗って羽生を通り、佐野に行き、そして足利に行って以来、田山花袋「田舎教師」の文庫本を引っ張り出して、仕事の現場に向かう電車の中で読んだ。羽生の界隈が舞台の小説だ。昭和46年の「51刷り」というもう殆ど赤茶けた新潮文庫だ。なぜかそんな古い本が書棚の一番手前に出ていた。(だから、前述の引っ張り出したという表現はウソ)

あらすじは、一人の青年の「夢と現実」、そして「挫折」、「死」であるが、実に淡々と現実的に描かれている。この手を自然主義文学というらしい。以前この本を手にしたときには、おそらくあまり感動しないまま読み終わったような気がする。何故なら展開を殆ど覚えていなかったからだ。ただ、最後の数行はまるで昨日読んだように鮮烈に印象に残っていた。以下だ。

<< 秋の末になると、いつも赤城おろしが吹きわたって、寺の裏の森は潮のように鳴った。その森のそばを足利まで連絡した東武鉄道の汽車が朝(あした)に夕べにすさまじい響きを立てて通った。>>

これですよ。この一文が心に残っていて、羽生とか足利の地名に何かぐぐっと来るものを感じていたのである。

*   *   *

話は打って変り、関根勤って55歳なのですよ。若いですよね。ちと前にテレビCFで「年齢の割りに若々しい」みたいなやつをやってたけど、ほんと、驚くばかりなり。で、一方、というか、比較しちゃまずいかもしれないけれど、石破農水相は52歳。なんと、あの顔で関根勤よりも3歳も下なのだ。これも驚かない??

しばざ記 540

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