無料ブログはココログ

マイフレンズ

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

2009年3月31日 (火)

歯槽膿漏

良く耳にする言葉だが、目で見ると実に恐ろしい文字が並んでいる。膿(うみ)が漏れるわけで、なんとも汚ない。臭そう。事実、臭い。実はお恥ずかしい話、私はこれになってしまった。そして現在治療中。治療している箇所にはクレゾールみたいな消毒薬がいっぱい詰まっていて、これまた口の中に広がって気持ち悪い。

私の口の中にはインチキの歯が2つある。ひとつは前歯。そして奥歯。奥歯は完全にニセモノ。神経すら無い。二十代前半に既にこういう状態で、その下には歯の根っこやら歯肉やら、顎の骨なんかがある。そのニセモノでいわゆる蓋をした格好なのだ。歯槽膿漏はその蓋の下に発生した。つまり治療するにはニセモノをまず取り除く必要がある。

今日、そのニセモノ除去した。二十数年ぶりに日の目を浴びる歯の根っこ。感動の再会だ。ま、それはともかくも、早いところ治したい。このままだと、どんなに旨いもの食っても消毒薬の香りで不味いのだ。(泣)

それにしても今日の衛生士さん、またまた可愛い娘さんだった。思わずお持ち帰りしたくなってしまった。(うそ)

こんなジジイの汚い口の中を覗きこんだり、唾液を吸うノズルを突っ込んだりと、嫌だろうに、つくづく感謝する所存。

2009年3月29日 (日)

SHOGUN

3月29日(日)、ミハマ・ニューポート・リゾートのライブイベントだった。スペシャルゲストはSHOGUN。正確に言うとキーボードの大谷さんが亡くなってSHOGUNは実現できないので、SHOGUN STYLEというバンド名である。このスタイルはミハマ初登場。大谷さんの代わりには佐倉さん(フリースピリット音楽芸能学園・学園長)がキーボードを担当。ドラムはAB'sの岡本さん。そして藤丸さん、ミッチーさんというSHOGUNのオリジナルメンバーの4人の構成。

いや~、めちゃくちゃかっこよかった。往年のヒットナンバー、「Bad City」で始まり、「Lonely Man」で締めるという内容。ラスト(アンコール)には再び「Bad City」。もう感涙モンだ。藤丸さんのソロに歌、ミッチーさんの渋いベースにやはり渋くてハートフルなボーカル。岡本さんの豪快でめちゃめちゃかっこいいドラム。佐倉さんのテクニカルなキーボード。どれをとっても、どこをとっても、グレートなのである。

Photo

打ち上げってわけじゃないのだけど、CROSSと初めて共演させて頂いた我々「食いしんぼトリオ+1」の面々は夜遅くまで「びっくりドンキー」でそのSHOGUNの演奏に酔いしれていた。実に幸せに浸れたのである。私が一番嬉しかったのは、彼らが帰るときにミッチーさんのほうから手を差し出してくれて握手したことだ。意外に暖かく柔らかい手だった。岡本さんには例のカメラマンのM村さんがレコードを持ってきていてサインを貰っていた。M村さん、SHOGUN、藤丸さんのソロ、AB'sと欠かさずレコード、CDを持っている。流石だ。ミハマのイベントご担当のHtnoさんも喜んでいた。

SHOGUN STYLEのほかの出演者は、松本菜々美、ティアナ・シャオ、CROSSの3組(それぞれ敬称略)。CROSSはこのミハマには通算5~6回目の出演ですっかり常連となった。そして今回は2曲だけをミハマで初めてのバンドスタイルで演奏した。前述の通り、ベイ中の不肖「食いしんぼトリオ+1」がサポートする。ケリーちゃん(key)、ベース(マッキー)、ドラム(hinaさん)、ギター(私)なのだ。つまり若者をおっさんがサポートするという格好。ちとキモイ?私に関しては今回は体調がずっと優れなかったということもあって、出演をかなりためらったのだが、ままよとステージに上ってしまった。CROSSはお馴染みのカツとカツヤ。ややこしい。

1ステージ目にさっそくアクシデント。カツが弾くはずのアコギの弦が切れた。ガーン。まずい!なんたって、そうするとアコギが私だけになってしまう。CROSSの楽曲はアコギがかなり重要な役割を負っている。で、私といえば、ほぼ一週間寝ていたか、あるいは夢遊病者のような状況で、まともな練習はしていない。困った。ええい、ままよ。清水の舞台から飛び降りた気で(それほど大げさではないが)、一気にやってしまった。出来はどうだったか知らないけど、やってみると楽しかった。その調子でミハマのラストもCROSSと我々が締めくくった。夕刻になると急激に気温が下がってきたけれど、いや実に楽しい一日だった。来てくださった方々、ベイ中の方々、ありがとさんでした。

http://www.youtube.com/watch?v=H_zn9gjBvfU

http://www.youtube.com/watch?v=BCv26yMyvLs

Photo_2

2009年3月28日 (土)

朝ナマ

体調もイマイチな上に、寝不足。困った。

朝ナマ、最後まで観たぞ。N松建設とO代表の問題。それ自体も問題だが、もっと問題なのはマスコミの報道のあり方、検察の政治的な動き、云々。それって、当初から私もそっちのほうが怖かったのだ。

直接関係ないけど、「人民は弱し 官吏は強し」(星新一)を思い出した。

2009年3月27日 (金)

買いかぶり

このご時世に、過大な期待で私を雇いたいという奇特な人が現れる。いや~、嬉しい。たぶん、思い切り買いかぶりだとは思う。第一私は、いい歳しているし、頭悪いし、腹は出てるし、口は臭いし、センスは悪いし、寝言は言うし、二言目には「腹減った」と騒ぐし。どう考えてもおかしい。ただ、取り得は自慢するわけじゃないが、私が今やっている事業がすこぶる順調だ。おっと、決して儲かってはいない。仕事はどんどん増える一方、収入はどんどん減ってる。つまり今までの2倍働いて、給料は半分といった感じだろうか。クルマも十年近く買い換えてない。ビールもたまにしか飲めない。いつも発泡酒でゲップしている。それでも明日の食いぶちもままならないという人々が巷に溢れているこの世の中から見たら、こんな私でもとても幸せな身分だ。私を支えてくれている多くの方々に心から感謝したい。涙が出るくらい有難い。実は昨日もたいへん嬉しい仕事を頂戴した。無担保で多額のお金を貸してくださっているようなもんだ。それだけ信頼を頂いているということだ。でも、でも、ひょっとしたら、新しい仕事をやるに当り、ここ数年幕張を拠点として築いてきた仕事が今後出来なくなる可能性も多少ある。せっかくのご厚意にお応えできないかもしれない。でも(デモが多過ぎだな、俺の文章は。)、私は必ずここに戻ってくるので、みなちゃん、それまで待っててくだちゃい。いや、新しいボスに嫌われて、すぐ元の状態になるという可能性のほうが大きいのだ。振り返ったときに、やっぱ買いかぶりだったと笑い飛ばせるくらいの覚悟で行ってきます。(って、まだ決まったわけじゃない。)

俺って、獲らぬタヌキが多いからな~。(苦笑)

2009年3月26日 (木)

外人コンプレックス

先日、体調も悪く、外に出るのもしんどいときに、小難しい仕事(プレゼン)があった。私が企画を説明する相手はなんと外人さん。資料は全て日本語でつくってある。更に困ったことに、いる筈の通訳が何故か現場にいない。ひえ~、どないしよう。そのジョン・デンバーにちょっと似た外人さんは一所懸命、その通訳に電話しているが連絡が取れないようだ。ジョン・デンバー似でも鼻筋の通った横顔がりりしい。年齢は私よりずっと下だと思う。鼻筋は通っても話の筋は通っていない。それ、ザ・ニュースの持ちネタだ。

こういうことは以前にも何回かあって、それでもなんとか片付けている。ヒアリングに最大限集中し、喋りは英語混じりの日本語でなんとかなる。それらのケースでは相手もある程度日本語を理解している人だったから良かった。だが、今回は「こんにちは。」と「どうも。」の2種類くらいしか話せないようだ。私とて向こうから見たらせいぜいその程度の英語力なのである。

こんな私でも、若いときにアフリカからのお客様のお世話を約1週間させてもらったことがある。観光に行ったり、夜、飲みに行ったりとほぼ四六時中一緒にいた。あのときっていったいどうしてそんなことが出来たんだろう。

ままよ!という感じでプレゼンを開始した。いや、開始せざるを得ないのだ。お互いに時間が無い。するとジョン・デンバー似の外人さんが「ウ・ウェイト、ウェイト!」とすまなそうに言った。やはり私の言ってることが分からないのだ。絶対絶命。「帰れ!」と言われる覚悟で「す・み・ま・せ・ん!」と日本語で叫んだ。ところが、微笑んだその人は応接室から一旦出ていって、今度は別の外人さんを連れてきた。なんだこりゃ、ますます緊張するではないか。

その会社は外資系なので、外人さんがいても当たり前。事務所には日本人も勤めている。事務所の中にいる限り、日本人が外人さんなのだ。そんなのどうでもいいから、その日本人を同席させろよ。などと背中に冷や汗をかきながら思ったら、同席した外人(こちらは誰に似ているか分からない)がいきなりタドタドシイ日本語で謝りだした。どうやら手違いにより、専属の通訳が別の場所にいるようだ。でもゆっくり喋れば日本語のヒアリングはある程度OKらしい。一瞬、「イインダヨ。グリーンダヨ!」と言いたくなった。

少し勇気が出てきた。手短にざざっとひと通りの説明を終えた。相手はわかってるのかわかってないのか、難しい顔をしている。次に、もっと心配な質問タイム。あー、やべえ、質問の内容すら分からなかったらどうしよう。案の定、70%はちんぷんかんぷん。まったく知らない単語も随所にあった。時々笑顔をつくるので、その表情に合わせて私も笑った。でも意味が分からない。それでもかなりゆっくり喋ってくれているのだろう。私が単に勉強不足なのだ。今からECCに通うか。あるいはSunny's English Squareとか。ノバは・・・。

四苦八苦をしているときにやっと通訳登場。あー助かった。もうこういうのはこりごり。ベイタウンの中には英語が堪能な人が多いから、今度そういう場面にお願いしたいのだ。

差出人が自分の迷惑メール

ある方法を使って、迷惑メールをかなり減少させている。ある方法ったって、単に、仕事用のメールのアドレスを変えたり、私がおつきあいしている通販会社の管理メールのアドレスの変更だったりと、たいしたことではない。一方、差出人が私自身という、厄介な迷惑メールが増えてきた。差出人のアドレスをフィルターとしてどんどん登録しているので、うっかり自分のアドレスが迷惑メールのブラックリストに載ってしまうこともしばしば。

映画「着信アリ」みたいだと怖いけれど、自分から来るメールは、ってえと、ただただ「いいかげんにしろ!」である。

「私は若くて女性というハンデがありながらも元々努力家だったもので、役員になりました。ところが、仕事一筋だったもので、今まで男性とお付き合いをしたことがなく、毎晩寂しい思いをしております。こんな私と夜を過ごして頂けないでしょうか。お付き合いしてくださるならひと月に80万円の報酬を差し上げることをお約束します。因みに私は身長163センチ。体重49キロ。サイズは81・57・80です。顔立ちは長澤まさみ似だと言われてます。」

内容といえば、まあ、こんな感じのメールだ。やれやれ。原文をつくってる奴の顔が見たいわい。きっと思い切りマヌケ面なんだろうな。

2009年3月25日 (水)

朝青龍は強い

WBCの影ですっかり忘れられているのが大相撲。そうなのだ。今、場所中である。で、またまた朝青龍は絶好調。場所前、モデルをやってて朝稽古を休んだとか、すぐギャーギャー言われているのは相変わらず。先場所もガッツポーズがどうしたこうした、横綱の品格とか、突っ込みどころが満載。それでも朝青龍は勝つ。大した精神力だ。偉いぞ。

松村邦洋が心配だ。まだ集中治療室にいるらしい。早く元気になって「貴乃花親方のモノマネ」をやってほしい。

2009年3月24日 (火)

頭痛

なんとか回復に向かっているのだが、しかし、やはり芯に痛みが残っていて、気になるので病院に行った。

皆さんは受診する前に「問診表を書く」ことが辛いことってない?
頭がガンガンしているときに、1文字も書きたくない状況の時、住所・氏名・病歴なんてうざったくってさあ。ああ、まいった。しかも受診はたったの1~2分。「はい、では処方箋を出しておきますね。」つう感じ。なんかなあ。1~2分の為に、頭痛いのにずっと順番を待つわけだ。

で、そんなある日、つうか、さっきのこと、帰宅しました。プチ午前様って感じ。約6日ぶりにアルコールを飲んだ。大丈夫か。ま、いいか。楽しかったし。可愛娘ちゃんのずっと隣で、ぽわ~~ん。(笑)

しかし、今日はあちこちでWBCの話題で盛り上がっているのだが、同様にあちこちで、「だから俺は言ったんだ。」とか、「絶対に最後はイチローがやってくれると俺は信じてたね。」という言葉。何言ってんだかさ。事後に何とでも言えるよ。でも、嬉しいね、泣けたよ。やっぱ。斜めに見つつも、それでも心の中で応援したよ、俺も。

結果は良かったけれど、ひとり貧乏くじ引いちゃったなのがノムさん。さて、どういう言い訳をするのか。いや、言い訳しないかもしれない。私は先にも書いたけれど、ああいう大胆な分析と公に凄いことを言っちゃう勇気に敬意を表したい。たくさんの敵をつくってしまうところがノムさんの魅力でもある。

2009年3月23日 (月)

衛生士さんのお腹がぐ~。

そういえば「看護婦さん」って単語をなんで言っちゃいけないのでしょうか。女性を侮蔑する単語なんでしたっけ?看護師さんとなかなか言えなくて。で、歯医者さんの助手をやってる人は、看護師さんじゃないのですよね。その辺りまったく無知の私です。

で、午後からお客さんの近くの歯医者に行った。体調が悪くなるとあちこちも同時に悪くなってゆくのか。どうやら歯槽膿漏のようだ。若い時分に歯医者さんが大嫌いで、虫歯で歯がまるごと無くなりそうになっても痛みに耐えて医者に行かなかったのがどうも尾を引いているようだ。

みなちゃ~ん、普段からちゃんと歯磨きしましょうね!

で、歯茎を若くて可愛らしい(女性の)看護師さん、じゃないな衛生士さん(?)に消毒してもらっているとき、私の耳もとで「ぐ~っ」とお腹の鳴る音がしていた。コロコロという音じゃないので、おそらくこの衛生士さん、かなりお腹を空かせているのだと思う。衛生士さんは椅子を倒した状態の私の顔を覗き込みながらの作業であり、ちょうどお腹が私の耳に当るのである。

だから本人はそれほど大きな音じゃないと思ったのだろう。私もびっくりした表情をするといけないので、もちろん微動だにしなかった。しかも、私は馬鹿みたいに大口を空け、しゅうしゅうしている管を突っ込まれいる。しゅうしゅうが無かったらえらいこっちゃ。相手が男だったら、なんかギャグでもかますことも出来る。しかしうら若き乙女にはさりげない配慮が必要だ。

自分の娘くらいの若い衛生士さんは、歯の磨き方を懇切丁寧に教えてくれた。マスクを下げると何かと話題のの小林麻耶アナのような感じ。こういうのを今風というのか。でも、ちゃんと難しい用語を交えて一所懸命説明してくれた。説明責任もしないで言い逃ればっか言ってるどっかの国の政治家よりも余程気持ちがいい。(当たり前)

さてっと、これから内科に行ってくる。なかなか頭痛が収まらないので、ちと心配。大病じゃないことを祈るのみ。

と、思ったが、さっきの続き・・・。

昔良く行った床屋さんに好みの理容師さん(若い女性)がいた。おじちゃん、おばちゃんと、その理容師さんの3人体制。一ケ月に一度のペースで、行くので、確率的には3ヶ月に一度その女性に髪を切ってもらう。しかし、実際にはおじちゃんとおばちゃんのどちらかになるケースが多い。そんなときには、ミラーの隅のほうにちらほら映るその理容師さんのきゅっと引き締まった腰の後ろ姿を眺めながら、あーあ、次月はなんとしてもお願いしたいもんだ、なんて溜息をついていた。

で、何ヶ月かにいっぺんその理容師さんにやってもらう。興奮するのは顔剃り。先ほどの歯医者のときはお腹辺りだが、床屋はちょうど胸の辺りが私の顔に当ったりする。ときには衣服の下の中身の弾力が伝わってきて、アドレナリンが噴出。でも、もっとやばいのは逆光にごくごく薄いシルエットになっている彼女の腕に生えている産毛が私の顔をふわ~っと撫でるのである。ぼかぁ~どうなってもいい!なんて思うくらい至福のひとときだった。

さて、では出かけるか。おっと、みんな、プレナにレンタルDVD&CD屋さんがオープンするぞ!(知ってるだろうけど。)

イチローに忠告できる人

ノムさんが2日前に、「原監督は不調のイチローを外すべきだ。」と言ったそうだ。更に、「イチローはチーム(マリナーズ)の同僚から嫌われてるそうじゃないか。団体競技で嫌われれいたら駄目だよね。」と忠告。

イチローが今後のWBCに出場すべきかについて、私は分からない。賛否も色々あるだろう。シーズン中にきっちりとアベレージを残す人だから、長期戦だったらいい。短期戦でも絶好調のゾーンだったら問題無し。でも誰が見てもイチローは不調である。

今こんな時期に、マスコミに向かってこういうことを言える人っておそらくノムさんしかいない。素人目には、イチローに対し、チームメートばかりか、監督・コーチ、更にはメディアも腫れ物に触るように接している。やっぱノムさんは凄い人なんだ。

今朝は調子がいい・・・かも。

実は、昨日はやはり殆ど寝たきり状態で、夜になって爛々と目が冴え、横になったままHDDの中に入っている撮りだめした「観なきゃなんない映画」を少しずつ消化しようという軽い決意で、ぼーっとしながらも指先は極めて冷静にリモコンを操作していた。起き上がらなければ、調子が悪いことを忘れる状態にあった。日中は、横になっていても頭痛を感じていたし、バファリンを飲んでも痛みは治まらなかった。

ランダムに次々とタイトルを見ていると、殆どが未試聴になっている。目が止まったタイトルをクリックして約5分くらい試聴し、「なんだこりゃ、全然面白くない。」と思ったものを削除する。その繰り返しで、5~6タイトルを削除。HDDの余白をつくるためにはどんどんこの手の作業をやってゆかないとな。残すものは、どんどんDVDに落としてゆかないとならない。本来はこういう作業を好きだった筈なのに、いつの間にか苦痛になっている。どうも趣味という分野からビジネスでいうところのドキュメントのファイリング業務を連想させるからかも。

で、結局、昨夜のスパイダーマンの裏でやっていた「黒部の太陽」を観た。CMをカットしても2時間×2、つまり4時間ものを一気に観たわけだ。それだけ長編だったら途中でいつの間にか眠ってしまうだろうという計算があった。はっきり言ってあんまり好きじゃない香取慎吾とユースケサンタマリアが主人公だし、余計に早く就寝出来そうだという意味も根底にあった。ところがこの3日間寝だめしたのが逆効果になって、一気に観てしまった。観終わったのは午前4時30分くらい。今朝の起床は6時半。つまり2時間しか寝てないのだが、全然眠くない。ひょっとして俺って寝だめが効くタイプなのかも。

これだけ寝ていたというのは二十代の頃の正月に、調子に乗って日本酒を浴びるように飲んで気絶し、一人暮らしのアパートの中で、二日酔い、三日酔いで起きられなくて、殆ど3日間寝ていた以来かもしれない。あのときは死ぬかと思った。今では大好きな日本酒が、約3年間匂いを嗅いだだけでも気持ち悪くなるくらいのトラウマになったほどだから、かなりの凄いことだったわけだ。急性アル中だったのかもしれない。

で、話を「黒部の太陽」に移すと、なかなか良い作品だった。オリジナルの映画(主演:石原裕次郎)の映画があまりにも凄くて、それに比べると大したことはないだろうと舐めてかかっていた。そういう意味では嬉しい期待の裏切りだった。もっともオリジナルは40年前の作品だし、当時小学生の私がきちんとして記憶しているわけではないので比べられるものではないかもしれない。それに石原裕次郎についてはスター性が演技力を大幅に上回っていて、どの作品も不満が残る。ま、でもそういうのも含めて嫌いではない。日本を代表する銀幕のスターであることは否定できない。

さて、今回の「黒部の太陽」を観たことで香取への好感度が若干上がったとはいえ、どうもあの顔は好きになれない。先に舞台版「黒部の太陽」の主役をやった中村獅童のほうが好き。香取も中村もどちらかと言えばコワモテで、主役を演じるに必要な条件なのだろう。ただ、昭和30年代に眉を細くしている男は有り得ないので、こういう役を演じる以上は眉を元に戻すくらいのことはやってほしいわけだ。つまり、バラエティ番組を降りてでも挑戦してほしい。ロバートデニーロが役柄に応じて痩せたり太ったり、人相を変えたりとしているのを手本とするのはあまりにも難しいにせよ、役者だったら役柄に応じた外見やキャラクターを変化させるのは任務であり、かなり努力して然るべきじゃないか。

ストーリーの本筋からやや外れたことろで志田未来が登場してくる。彼女が遺した油絵がラストの黒部ダムの勇壮な景観に絡んでくるので、結果的には重要なキャスティングになる。彼女はなんかああいった暗い影がある少女を演じるのが適している。今まで私が見た彼女の役柄がみんなそんな感じ。どういう運命を辿る役柄かは見た瞬間に想像できてしまう。安達祐美がそうだったように、また、もっと古いところでは山口百恵がそうだったように、暗いイメージの付きまとう役者さんにはなってほしくない。それと暫く見ていなかった浅野ゆう子のビジュアルにはちょっと驚き。誰でも平等に齢は増えてゆくにしても、あまりにも老けたなと思った。私が単に彼女を暫く見ていなかっただけの話かもしれない。と、病み上がりで長々とテキストを打ってしまった。これからあちこちへ出かけなくてはならない。しんどい。

2009年3月22日 (日)

Bobby's Way 2009

01

千葉ロッテマリーンズのボビー・バレンタイン監督をお招きし、今年の優勝祈願などを託したイベントがベイタウンのマリーンズファン有志によって開催された。

ボビーは、「ファンが、チームのパワーの一番の要因である!」というようなことを言ってくれた。感激。

02

(↑)いつも外野でピョンピョン飛び跳ねている元気のいい応援団も参加。盛り上げてくれた。

04

(↑)ベイタウン内に垂れ幕が掲げられるのは2005年の優勝パレード以来。

03

(↑)テレビでお馴染みのあの人(ベイタウン住民)も会場に。

それにしても、今日も体調が悪い。また熱が出てきたようだ。では、おやすみ。 

2009年3月21日 (土)

だるい

だいぶ良くなった。悪寒が無くなったことから熱は下がったのだろう。しかし、ふらふらしている。立ち上がるのもしんどい。こういう状態だと全てにおいて弱気になってしまう。仕事がストップしていることもその一因。早く完治したい。明日はボビー・バレンタインのイベントだし。

藤原紀香は陣内某のどこがよかったんだべ。未だに分からんなあ。でも、よかった。俺の紀香ちゃん。(笑)

2009年3月20日 (金)

発熱

昨夜から悪寒があり、今朝になって頭痛に体の節々が痛く、殆ど一日横になっていた。未だ絶不調。

WBC、昨日今日と快調。次ぎはアメリカ戦か。

2009年3月18日 (水)

訃報

2日前の月曜(3月16日)に、打瀬公民館長が他界されました。享年64歳だそうです。人生これからなのに、さぞや無念だと思います。生前は色々お世話になりました。とても穏やかで、そしてジャズが大好きで、我々(ベイ中)が企画したイベント等を熱心に応援してくださいました。有難うございました。

幕張カレー(その2)

昨日の続きというわけではないのだが・・・。

午後8時。幕張本郷の駅頭立つと小腹が減っていることに気づく。運良く、そこには「松屋」が。(笑)

牛丼にしようか、デミグラソースのハンバーグにするか、それともカレーにするかで少し迷う。店に入ろうとしたところ、そこに電話。暫く話込んでから、カレーに決めた。

2日だろうが、3日だろうが、俺、カレーが続いても一向に平気。

WBC 韓国戦にまた負ける

うーむ、負けてしまったかあ。またキューバに勝たないと後が無いわけだね。ちびしい。ま、そのくらいの試練を跳ね返さないとね。

2009年3月17日 (火)

幕張カレー

「幕張の塩を・・・」でお馴染み(この界隈での有名人)のMIZK氏が進める幕張カレープロジェクトに、ひなぼんと参加してきた。参加といっても、カレーを食って、ダベるだけというお手軽な参加の仕方だ。会場はベイタウンのジャイネパール。グダグダと約2時間過ごしてきた。(笑)

http://www.freestyle-life.net/makuhari/makuhari-curry-base.htm

ニンジンの葉っぱ

昨日、JA共済の保険を支払いにJAの幕張に行ってきた。ご存知の通り、周囲をニンジン畑に囲まれた場所にあって、実際に近くで獲れたニンジンやらほうれん草や大根を販売している。ふと見るとなんとニンジンの葉っぱを売っていた。八百屋では滅多にお目にかかれない。しかも、1袋100円。安い。で、すかさず購入。

ニンジンの葉っぱを食べたことの無い方は多いと思う。私もおそらく三十歳を過ぎてから初めて食べた。ちょっと苦味があり、春菊とせりの中間ような味わい。しゃきしゃきっとした歯ごたえ。おひたしにして、山葵醤油につけて酒の肴になる。天婦羅でも旨い。ごまあえにしてもいい。5、6年ぶりに食べて感激。

ところで、ど忘れしたけれど、私にニンジンの葉っぱが旨いんだよ、と教えてくれた人って誰だったか。十年以上前だったのは間違いない。どなたかの家にお邪魔して手料理を頂いた時だ。もし、このサイトをご覧になっていたら「そりゃうちのことだ。」と教えてほしい。昨日からずっと気になっていて、夜も眠れない。(うそ)

2009年3月15日 (日)

ちょい意識する数字(3桁編)

日常、それほど意識しているわけではないが、でも、ちょっと考えると、その数字になんだかの思い入れみたいなものがある。そんな数字を列挙してみた。多くの方々と共有している数字もあるし、私個人の数字もある。一つの数字にいくつかの意味がある場合は、その代表的なもの一つに絞った。こんなことしてても何の意味も無いのだが・・・。(苦笑)

105 消費税込みの値段。100円均一の店にはよく行く。
109 渋谷の駅前。中に入ったのは一度だけだが。
110 110番。一般的に3桁の数字で一番意識しているのがこれじゃないか。
117 いすゞの117クーペ。かっこよかったよね。
119 火事のときにかける電話番号。
焦っているときにちゃんとかけられるのだろうか。(ど忘れしそう。)
123 ロータス1-2-3だ。ちと古いね。
125 125ccのオフロードタイプのバイク。軽量で取り回しもいいので遊べる。
127 木更津を基点に館山経由で鴨川まで続いている国道。
128 メモリ。メガバイト。この容量のスマートメディアは一万円くらいで買っていた。
144 アマチュア無線の周波数。単位はメガヘルツ。2mバンドとも言う。
164 実家の旧住所表示。(地番)
181 私の身長です。
212 内緒。秘密の数字。そうでもないけど。
246 ルート246。渋谷を経由し、三茶、厚木を通り、御殿場へ続く道。よく利用していた。
256 SDのメモリ。かつては256MBでも高価だった。
299 狭山から正丸峠を越え、秩父に抜け、そして長野まで繋がる国道。
333 東京タワーの高さ。ランドマークで高さをずばり言えるのはコレしかない。
335 ルーム335。ギブソンの335。
357 言わずと知れた幕張辺りを走る湾岸道路。
360 スバル360。或は、ホンダN360。昔の軽自動車の排気量だ。
398 サンキュッパ。語呂がいいし、お手ごろ価格の良い商品という感じ。
400 400ccのバイク。車検が必要なので、このクラス以下を主に乗っていた。
405 確か県内最高峰の愛宕山の標高。県最高峰が全国の各県の最高峰で一番低いのが千葉県。(でもその後調べたら408mだった。)
416 私の誕生日なのだ。
468 初めて個人の電話を持ったときの局番(電話番号)。03-468-2461だった。
「よーろっぱ(に白い)」と覚えていた。
498 購買意欲をそそられる数字。
500 500円玉。あのサイズが好き。
515 トライアスロン・オリンピック・ディスタンス。51.5km。以前、そういう関連の仕事やってた。
550 軽自動車の排気量。あれ?今って600ccだっけ?
600 朝の6時を連想する数字。6時は、5時以前とはまったく違う世界なのだ。
645 大化の改新。語呂で覚えた歴史。
700 700系。詳しくないけれど乗ったことがあるので。
720 おはよう720。確かこの番組からあの「Beautifl Sunday」が出てくる。
727 ボーイング727。好きなジェット機だった。
747 ジャンボジェット。初めて見た衝撃は今でも忘れられない。
750 ナナハン。もちろん750ccのこと。
777 パチンコのフィーバー(古い!)。でも、あんまり縁の無い数字だった。
794 鳴くよウグイス平安京。ってなわけで、苦手だったなあ、年数を覚えるのって。
800 ホンダS800。ヨタハチ(トヨタ)ってのもあったな。
868 王選手が生涯打ったホームランの数。凄い。
893 やくざ。何かの漫画に出てた。
949 「くしきゅー」と読む。串揚げ屋の店の名前。最近行ってないなあ。
954 TBSラジオの周波数。
980 消費者心理に訴える数字。1000円よりたった20円しか安くないのにね。
999 あと1つで1000になる数字。数字を見るだけでわくわくしてしまう。

2009年3月13日 (金)

センテナリア・ジャズ・ライブ Vol.5

昨夜はベティ大竹さんと野田ユカさんのライブでした。

実にまったりとしたいい感じでした。いつものボサノヴァのナンバーに加えて、カーペンターズ、オリビア・ニュートンジョンのナンバーも良かったです。

お越しくださった方に感謝。

まりももさん、お会いできて光栄です。

C県のK坂さん、EシティのHさん、ラーメンご一緒できなくてすみません。私はその後、某タウンの某屋台でした。(謎)

http://baytown.dokkoisho.com/shiba/zaki13/shibazaki_640.htm

(↑ 写真など)

2009年3月12日 (木)

備長炭の香りとともに・・・

うぃ~っ。

ぎりぎり午前様を免れたぜっ!(笑)

レストランに流れる大音量のBGM

昨夜はちょっと贅沢に某レストランでの食事。ワインなんぞも普段飲んでいるものよりもずっと上のランク。といっても、びっくりするくらい凄い贅沢な店ではない。しかし、店に入ったときから気になっていたのがBGMの音量。かなりうるさいのだ。会話もついつい大声にならざるを得ないし、店員を呼ぶのにも大きな声を出さなくてはならない。居るだけで疲れてしまう。それって、なんなのかね。回転を早めるためなのか。賑やかしの演出なのか。居心地の良さを犠牲にしてまでそんなことをやるのか。ちと信じられない。そういえばよく行く深夜の某ファミレスもやたらにBGMがうるさい。本来なら静かに流れるイージーリスニング系の音楽が物凄く高らかに鳴っている。はっきり言ってストリングスの「ヘイジュード」を大音量で聴きたくない。寂れた商店街や遊園地で、これでもかというくらいの大音量で流れるBGMと何ら変らない。長居されると困るのは分かるけれど、露骨過ぎないか。オーナーの考え方の問題なのか。

2009年3月10日 (火)

有吉の悪口

最近、おもしれえなと思うことのひとつに復活芸人の有吉が繰り出す毒気のある悪口だ。悪口というか仇名という範疇なのかもしれないが、今まで、「おしゃべりクソ野郎」なんて仇名を、いくら芸人さんであろうが、本人を目の前に堂々とテレビで言い放つなんて前例があっただろうか。

たけしも確かに毒舌を吐いていて、若手をヘンテコな仇名で苛めたりしているが、有吉のは更に上を言っている。しかも、彼がこきおろしている若手芸人達はむしろ喜んでいるようにも見える。テレビで観ている私にとっても痛快だ。いや、気分を害している人もいるのかもしれない。

こういったかなりキツイ仇名を受け入れる風潮はいつからあったのだろう。やっぱりたけしあたりが開発したのか。それ以前は芸能人にヘンな仇名をつけるようなことって無かったと思う。あったとすれば、マエタケ(前田武彦)が自分が命名した仇名で芸能人を呼んでいたケースだろうか。

彼が人気絶頂の頃、やはり人気番組だった夜ヒットの出演者に、次々とユニークな仇名をつけていた。動物に例えたり、中には食べ物に例えたりと、中には気の毒に、と思うものもあった。私はそれが非常に面白かったのだけど、仇名をつけられるほうの対象が、歌手であり、それがまずかった。

イメージダウンを恐れたプロダクションからの苦情でそうなったのか、あるいは、視聴者とか歌手のファンの方々が苦情を言ってきたのかは知らぬが、あの人気絶頂のマエタケがテレビから干されてしまったのだ。これにはまだガキだった私もびっくり。なんと了見が狭いんだろうと呆れてしまった。それ以来マエタケはテレビから姿を消した。

今でこそ何でもオープンにずけずけ言うようになった日本人。かつてはヘンに周囲を慮り過ぎて、それがギャグをつまらなくしていた。だいたいエンターテイメント系の番組をつくっている奴らがクソマジメ過ぎるのだ。そういう例はいくらでもある。一般社会は周囲との軋轢を生まないために対人関係はうまくやるにしろ、テレビの中でのミエミエのおべっかとか、大御所に対する気の使い方は観ていて物凄く気持ちが悪い。お笑い界でさえそうだ。

ところで話をまた有吉に戻すが、大竹まことのラジオ番組で彼が「僕はその場にいない人の悪口は言わないようにしているんです。それは陰口ですから。陰口だとかなり怨まれます。」というように語っていた。なかなかいいことを言う。私は悪口も陰口も叩く。有吉の言うことを教訓にしよう。

バレンタイン監督の出陣式は中止

うーむ、とても残念。

ボビーと球団の問題なのに、ベイタウンがとばっちりを受けたようだ。

なんで、球団がダメって言うのかねえ。出陣式を開催することで不都合なことってあるのか。そもそもベイタウン住民たるボビーへ、ベイタウンのファン有志が開催しようとしていたイベントなのにさぁ。

http://www.oretachi.jp/event/shutsujin.htm

2009年3月 8日 (日)

シロアリ女王は単為発生

読売オンラインから

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20090308-OYT1T00090.htm

女王シロアリは、王と交配せず、単為発生、つまり分身してゆくのだ。驚き。

だいたい蟻って、凄いよね。働き蟻、兵隊蟻、羽蟻と、最初からその役割分担の機能を持って生まれてくる。兄弟であって、種類が決定的に違うのだ。更に、羽蟻が巣を出て、他の巣の女王になるんだとさ。これもびっくり。

この歳になっても知らないことがいっぱい。

WBCへの杞憂

昨夜、日本が韓国にコールド勝ちし、日本国中が喜んでいるのだが、私は非常にショックを受けた。メジャーリーガーや、国内での超一級の選手を揃えれば、確かに強いのかもしれないけれど、これまであんなに強かった韓国に大差で勝ったことについて嬉しさよりも、ヤバサを感じずにはいられなかった。正直勝った側にいても気まずい気分になっている。

韓国は強くなくてはならない。野球の歴史の浅いアジアの他の国々なんて、日本の敵ではない。アジアの野球における底の浅さは誰が見ても明白。東京ラウンドという予選なんて、形だけで、最初っから日本と韓国が決勝ラウンドに進むというのが分かっているわけだ。中国なんてきっとあと十年もしてもっと野球が浸透してくれば、人材なんて日本の比じゃないから、相当強いチームが出来ると思うけれど、それ以前に野球が中国人のハートを捉えるかどうかだ。WBCをやってるよ、なんて知っている国民が何人いるのだろう。

他の地域、例えばインド、フィリピン、インドネシア、タイ、etcなんてどうだろう。昨夜、たまたま観ていたテレビ番組でたけしが、「(ゲストの)清原さんと佐々木さんと、WBCの出場選手のサインを大きなボール(その番組のディスプレイ用のボール)に書いて、オークションに出して、アジアの野球発展の為に寄付したらどうだ。」と言っていた。非常に素晴らしいことだと思う。日本すら野球に対する人気が低迷しているこの時期、プロ野球全体の懐が寂しいのかもしれないけれど、野球そのものを発展させるにはアジアにもっと野球の啓蒙活動をしてゆかねばならない。

そうそう、大相撲を馬鹿にしている奴は多いと思うけれど、大相撲の世界巡業は海外に大相撲ファンを増やしている。あれは見習うべきだ。

それと、アメリカにおけるWBCってどうなんだろう。昨年辺りのニュースでは国民の関心が低いようなことが書いてあった。メジャーリーガーの選手についても積極的に出場するという姿勢が低いような印象も受けた。所詮、「ワールド」と言ってもアメリカに中南米の周辺各国、それとカナダだけであり、そこに日韓を加えただけの大会。南アメリカのブラジル、アルゼンチンなどサッカーの強国は加わらない。まして、ヨーロッパではせいぜいイタリアが参加するだけ。中東、アフリカは蚊帳の外。

「野球は世界のごく一部だけのスポーツだ。」と、ヒナさんが時々言っているが、なんかそんな底の浅い舞台裏が垣間見える。昨日の韓国戦は、一見、力道山が外国のレスラー相手に空手チョップを繰り出して、国民を熱狂させているのに似ているけれど、850円のビールセットをちびちび飲んで寒空の下をとぼとぼと帰宅するように、すぐに冷めてしまうのだ。とにかくまずは韓国、中国、台湾がもっともっと野球が強くなって、続いて、東南アジア、中東に野球の強い国が現れてほしい。それが今日の結論。

印旛沼

印旛沼の辺りって、すかーんとしていていいね。

もうちと暖かくなったらまた自転車で来ようっと。

02

写真は2つに分かれた印旛沼の北と南を結ぶ放水路に架けられた橋。左下のほうがサイクリングロードになっている。

この辺りは印旛村。千葉県に村はたった2つしかない。貴重なのだ。もうひとつが本埜村。印旛村とくっついている。将来的には印西市に吸収されてしまうのか。

2009年3月 7日 (土)

オランダ風車と屋形船

01

合わないようで、意外にマッチしている。

印旛沼にて。

2009年3月 6日 (金)

幸せのちから

いや、実に素晴らしい映画だった。はっきり言って、最初は単純なお涙ちょうだい&サクセスストーリーだと思って、期待してなかった。まあ、ストーリーは確かに大したことないと思うが、しかし、子どもが可愛くて、ほろりと来てしまった。あの子役、主人公役のウィル・スミスの実子らしい。

こどもが絡むストーリーには完全敗北。最初からそういうのは泣けてくると分かっているので、できれば観たくない。そういえば、NHKの大河ドラマ「天地人」もあの子役でかなり視聴率を稼いでいる。私もその術中にはまっているのだが。(笑)

彼方からの訃報

半月ほど前、熊本の片山さん(仮名)が亡くなったということを人伝てに聞いた。病死のようだ。知り合いの知り合いという程度のお付き合いだったけれど、一時期(私が二十代の頃)、二人で飲みに行ったり、共通の趣味でもある登山に二度ほど出かけたこともあった。彼は私よりも十歳上。仕事帰り、待ち合わせた新宿のとある純喫茶で、うんざりするほど長々と登山の話などを聞かせてくれた。

その頃から数十年会ってはいない。ごくたまに年賀状が舞い込んできたこともあった。そのうち彼からも年賀状が来なくなったし、宛所不明として私が出した賀状が戻ってきて、完全に音信不通になった。そうなってからもかれこれ十年は経っていると思う。

彼は確か四十歳くらいまでの約10年間、下落合の辺りに住んでいた。独身で今にも崩れそうな古いアパートだった。私は一度だけそこに行ったことがある。海外への登山に行くためにわざと定職につかず、製本会社で一応正社員で働いても、1年くらいで辞めていたり、いったい幾つの職場を渡り歩いたのか分からなかった。それから、田無のほうに移り、どういうわけか福岡に引っ越した。終焉の地が熊本だったということは、その後また引っ越したことになる。

彼は友達がいないということをいつも言っていた。人とつきあうのが面倒臭いそうだ。そういえば、私が二十代のときに知り合った職場の登山好きの先輩も孤高の人だった。ただ、その先輩は女性にまったく興味が無さそうな顔をしながら職場のマドンナと結婚した。片山さんはどうだったんだろう。ルックスも悪くないし、考え方が偏っていたわけでもない。でも、福岡に引っ越した後の年賀状も単独の記名になっていたし、少なくとも四十半ばまでは独身だったに違いない。彼は女性よりも山を愛していたのだ。

下落合辺りのアパートにお邪魔したときの彼は、登山の写真や記録文を、まるで少年のように目を輝かせながら得意気に私に見せ、そして説明してくれた。確か、12月の半ば頃、日曜日の寒く薄暗い夕方だったような気がする。石油ストーブの上に載せたやかんのお湯で、安いウィスキーを割り、二人で飲んだ。肴は、鯖の缶詰。彼は、半年くらいして金が貯まったらネパールへトレッキングに行くということを言っていた。

彼の部屋には殆ど物が無かった。カラーボックス一つに全てのものが詰まっていた。そのときに、あるいは後日だったか、「登山家は物欲が無い。何故なら山でいつ何時死んでしまうか分からないからだ。」というようなことを彼は言った。私は死を覚悟した登山なんてすべきではないと反論した。彼は大いに納得し、その通りだと言った。結局彼は山では死ななかったが、きっと彼の身辺は殆ど何も無い状態だったのだろう。あるいは生きてたという証しさえも残さず逝ってしまったのかもしれない。

2009年3月 5日 (木)

原田知世

以前、カーディガンズの話題で彼女の名前があがったのだが(以下)、

http://baytown-ore.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-337d.html

それほど聴き込んでいたわけでもなく、話題に乗り遅れてしまった。で、昨夜、仕事の帰りにTSUTAYAでアルバムを見つけて借りてきたのだ。

I could be free(1997年2月21日)
愛のロケット/I could be free/君は君のもの/雨音を聴きながら/ロマンス/LOVE/CIRCLE OF FRIENDS/Are you happy?/PARADE/バカンス/Navy blue/燃える太陽を抱いて/ラクに行こう

いいね。カーディガンズもそうだけど、「ながら」にぴったり。仕事の邪魔にならないのがいい。(笑)

昨夜は東京駅から京葉線に乗って、普通だったらもちろん海浜幕張で降車するところを、TSUTAYAに行くためひとつ乗り越し、検見川浜で降り、閉店間際に店に入る。その後、深夜のマックでコーヒー。駅前に24時間のマックがあるのはいいね。羨ましいぞ、pafさん!(お元気?)

深夜1時過ぎ、昼間降っていた雨もあがり、西に傾いた大きな半月を見ながら歩いてベイタウンに帰還。ちと疲れたべー。

2009年3月 4日 (水)

幕張駅の雛人形

Photo_2

一日遅れになったけど、皆さんは総武線の幕張駅のコンコースなどに飾ってある雛人形をご覧になっただろうか。かなり立派なものが全部で3セット(?もっとあったかな?)もある。よく見ると、例えば、上の写真のものなんて、「顔が命」というCFのように、お内裏様とお姫様のお顔は、そりゃもう美しいのなんのって。高貴な香りがぷんぷん漂っているのである。きっと、幕張界隈のどこぞの名士さんのお嬢さんからの寄付なのだろう。このご時世で、例えば8段飾りなんていうのはスペシャル贅沢なんだろうね。

やった~っ!

Zoo Keeperで初めて5万点台を記録。ずいぶん久々にやったけど、うさぎちゃんのキャラが加わったんだね。

http://pc.kiteretsu.jp/

2009年3月 3日 (火)

モア

Photo

夕刻、印西牧の原「モア」のタリーズコーヒーでMさんと打ち合わせ。Mさんとは久々にお会いする。お元気そうだった。

「モア」は、ミハマ・ニューポート・リゾートを更にでかくしたようなだだっ広い敷地で、ヤマダデンキとかヤオコーが、テナントに入っている。また、屋根付きの路地があって、その両側にも店舗が入る。その中のヤマハ音楽教室は日本一の売上(って言うのかどうかわからないが)らしい。凄い。

また近々行く予定。

「大塚の人形焼」を検索された方へ

拙ブログではまともな情報ではありませんが、昨年の8月24日に訪れておりますので、よろしかったらご覧ください。

http://baytown-ore.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_a41e.html

2009年3月 2日 (月)

東京スカイツリー

01

近くまで行ったので、建設中の現場を覗いてきた。建設場所は、京成電鉄の押上駅と、東武鉄道の業平橋駅のちょうど中間地点。現在はご覧のような状態。まだ台座の部分。意外にこじんまりした印象。こんなのが610mの高さになるなんて信じられない。それに、すぐ近くに流れている北十間川(写真の手前)の護岸もなんとなくボロっちいし、大丈夫なのか。

完成は2011年。営業は2012年からだという。あと3年。時々はここに来て段々高くなってゆくのを定点観察してみたい。付近の景観もどう変わってゆくだろうか。今、界隈はお世辞にも垢抜けているとは言えない雰囲気。押上商店街なんて昭和の時代から一向に変化していないような感じ。ま、でも、そういうのが私は好きなんだけど。

ところで、押上には京成の本社、業平橋には東武の本社がある。両社とも地味な場所に立地しているだけではなく、建物自体も非常に地味。そういうところにも私は好感を抱く。面白いのは北十間川架かる橋の名称。京成本社前の橋はズバリ、京成橋。東武本社の前の橋は、そう、東武橋だ。

さて、次に訪れるのはいつだろう。2、3ヶ月したらまた様子を見に行こう。

Photo_2

(↑)完成予想図 (東京スカイツリーのサイトから転載)

# どうもスカイツリーって言い難い。すみだタワーって言ってしまう。(笑)

雛そば(よもぎ切り)

Photo

神田まつやで、春の香り「雛そば」を食べてきた。

ご覧のようにいい感じの色具合。そして、しゃっきっとした歯ごたえ。同店の通常のそばよりも細打ちだ。

今日、明日の限定。この機会に皆様もどうぞ。

憧れていた地形

先に書いたとおり、私はこどもの頃、変った地形に憧れていて、地図を眺めてははーっと溜息をつくくらいだった。以下はその主な地形で、だいたい二十代の前半にはそれぞれの代表的な場所を訪れている。

三角州、天井川、河岸段丘、湿原、鍾乳洞、扇状地、リアス式海岸、三日月湖、砂丘、砂嘴、浮島、カルスト台地

で、また国分寺崖線関連というわけじゃないのだけれど、崖って子どもの頃憧れる代表的な地形だよね。造成地とかで、パワーショベルが切り取った崖でよく遊んでたなあ。ちと危ないけれど。

木更津は山肌を削ると、貝殻がたくさん出てきて、それも面白かった。それは以前書いたな。

崖の発展系に、岩壁がある。小さいのだと、登山道にある鎖場のある箇所。ヤビツ峠から表丹沢の尾根を経て塔ノ岳へ向かう途中(行者ヶ岳あたり?)にもあったし、正丸峠から伊豆ヶ岳へ向かうところにもある。

http://baytown.dokkoisho.com/saitama/izu.htm
(拙ページでよければ「参考:伊豆ヶ岳」)

もっと本格的な岩壁は、例えば、穂高の近辺とか、谷川岳の一ノ倉沢辺りにたくさんある。この行く手を阻むようにでーんと聳えている岩壁には畏怖を感じ、一方、征服欲のようなものも持っていた。山登りを始めた頃には憧れだった。特に南アルプスの北岳のバットレスはいつか登ってみたいと思い。岩壁登攀を磨く為に丹沢の沢登りもやったことがある。但し、高いところが好きなくせに、時にはオーバーハングなどがある崖には冒険心よりも恐怖感が勝っていて、いつの間にか岩壁に挑むことをやめてしまった。決定的だったのは、岩波新書だったか、中央公論だったか「谷川岳」*という本を読んでしまったこと。この本は、谷川岳の負の部分をクローズアップしていて、多くの遭難者がいること、その遭難のことを生々しく書いてあった。岩壁にますます恐怖感を感じざるを得なかった。この本の中には「谷川岳宙吊り遺体収容」のことにもかなりのページ数が使われていたと記憶している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%B2%B3%E5%AE%99%E5%90%8A%E3%82%8A%E9%81%BA%E4%BD%93%E5%8F%8E%E5%AE%B9
(Wikipedia 谷川岳宙吊り遺体収容)

今では岩壁を登攀しようなんて意欲はこれっぽっちも無くなってしまったが、でも初めて北岳に登ったときに間近で(といっても尾根から)見たバットレスの凄さは忘れられない。
おっと、とめどもない話になってきた。

*あとでネットで調べた。たぶん「谷川岳」(中公新書)瓜生卓三かな?

2009年3月 1日 (日)

レインボーブリッジのウォーキング

そんなのあったんだ。

参加したかったなあ。

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »