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マイフレンズ

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2008年9月16日 (火)

夏草の思い出

IKSは、私よりおそらく1、2歳上だったので、当時は18歳か19歳だったと思う。高校2年の私と彼が知り合ったのはアマチュア無線で交信したのがきっかけだった。IKSはそのコールサイン。と言っても、彼はアンカバーと言って無免許。即ち不法無線局だった。そのことを知ったのは知り合ってすぐ。彼の友人から無線機を貰ったという。そして暇つぶしに無線機で遊んでいるうちに私と交信するようになったのだ。

彼は、背は小さく痩せていて、貧相にも見えるし、そこそこの顔立ちにも見えた。不精なのか、それともわざとなのか、顎鬚が少し生えていた。自身が自慢するように頭はあまり良くないように見える。ちょっと小悪党のような雰囲気。逆に女性にモテそうな感じだ。職は無く、中学を卒業してから電気工事の会社で2、3年働いていたようだが、数ヶ月前に辞めて、最近毎日ぶらぶらしているという。

彼は、駅に近い木造トタン貼りのアパートの二階に暮らしていた。私が初めて彼の家を訪問したのは夏休みの暑い日の昼下がりだった。錆びた鉄製の階段を音を立てて、痩せたIKSが先に昇る。真ん中の部屋のドアの前で立ち止まった彼は、大きな声で「おう、帰ったぞ。お客さんも一緒だよ。」と叫んだ。ドアは既に開いていて、白いレースのカーテンがドアの隙間からひらりひらりと見え隠れしていた。

中に入るとすぐに3畳くらいの台所になっていて、引き戸のその奥が4畳半の畳みの部屋になっている。そのほかにはまったく部屋はない。意外に小奇麗にしている。その4畳半の部屋には白っぽい涼しげなワンピースを着て針仕事をしている女性がいた。やや大人っぽく見えるけれど、実際には高校3年生くらいの年齢に思えた。彼女は私を見て微笑むと、ぺこりと頭を下げ、座布団を薦める。そして、立ち上がると、台所に行き、コップの音をからんからんさせながら私の飲み物を用意していた。

「あいつな。頭がちょっと足りないんだ。」とIKSが低い声で私に囁いた。「でもな、いい女だろう。あっちのほうは最高なんだぜ。」と下品な笑みを浮かべた。確かにおそらく奥さんだと思われる女性は色白で、目がくりっとしていて、可愛い感じだった。失礼ながらIKSには不釣合いないい女だった。私は、IKSの言葉もあって、どきどきしながら目を漂わせていた。窓には簾がかかっている。その外には今にも二階に届きそうな伸び放題になっている夏の雑草が、影絵のように、微かに吹く風に揺れていた。

小さなちゃぶ台を挟んでIKSと、奥さん、そして私が向かい合い、カルピスを飲んだ。扇風機がブーンと音を立てているほかは静かなひと時だった。部屋は狭いながらも実に機能的に片付けられていた。壁一面に大きな本棚があり、その本棚には文庫本がたくさん並べられていた。私がそれらの本を眺めているとIKSが、「いっぱいあるだろう。それ全部こいつのだよ。こいつ頭悪いくせに本が好きなんだよ。な。」と奥さんに相槌を求めた。奥さんは笑って、こっくりと頷く。

「この人な、K高なんだぜ。知ってるだろ。あの頭のいい学校なんだ。将来は大学に行って立派な人になるんだとさ。偉いだろう。そんな人と知り合いなんだぜ。俺も凄いだろ。アマチュア無線もやってんだ。俺と違ってちゃんと免許持ってんだぜ。」と、IKSは今度は私のことを彼女に紹介していた。K高が頭がいい学校だとか、私が将来立派な人になるとかは、彼の脚色なのだが、それでも彼女は目を輝かせて話を聞いていた。そのとき私は彼女がひと言も言葉を発していないことに気づいた。ひょっとして喋れないのかと思った。

その後1ヶ月の間に2、3回IKSの家にお邪魔した。居心地がいいのと、それから彼女に会いたかったからだ。私にとっては彼女はとても魅力的だった。化粧っ気は無いが、同級生の女子とは比較にならないくらい大人びていた。相変わらずIKSは無職だった。無職になると金が無くなるというのは今でこそ具体的によく理解できるけれど、当時の私にはあまり理解できなかった。この二人、どうやって暮らしてゆけたのか、今思えば不思議だった。

たぶん多少の貯金があったのかもしれないし、奥さんの針仕事で少ない稼ぎがあったのかもしれない。いずれにしても最低限の暮らしを維持するのが精一杯だったに違いない。本来ならば遊び盛りの二人なのに、地味に暮らしていた。車もバイクも所有していないし、未成年だからもちろんだが、酒もタバコもやっていないようだった。

秋になる頃にお邪魔したときには、IKSは不在だった。居れば、すぐに飛び出してくる筈だ。奥さんが玄関のドアのところに出てきて、ちょっと困ったような顔をしたが、「入って。」という仕草をした。私は「また来ます。」と軽く会釈し、階段のほうに歩き出す。すると背中のほうから「気にしなくていいよ。入ればいいのに。」と奥さんの声がした。驚いた。ちゃんと喋れるじゃないか。私は振り返って、しかも、焦りながら、「あ、用事があるので、また来ます。」と叫び、駆け足で階段を下りた。

理由はこれといって無いけれど、その後暫くIKSとは会わなくなった。ある日、家にいたときに自転車に乗ったIKSがひとりで尋ねてきた。中に入ってお茶くらい飲んで行ってほしいけれど、どう見ても怪しげな不良に見えるIKSを私の母は誤解するだろうと、私は慌てて外に出て、家から少し離れた場所にさりげなくIKSを連れてゆき、そこで立ち話をする。相変わらず無職で、毎日が暇だという。それと、奥さんが働きに出ることを彼は言った。

「あいつな、アマチュア無線の免許を取りたいって言ってな、んで、勉強し始めたんだよ。ま、そりゃいいんだけどよ、メシ喰ってゆけねえべや、いっそおまえトルコ(今のソープランド)に行け、って言ったらさ、なんかわからないけど、友達の家でやってる会社の事務職見つけたみたいだよ。」と、IKSは笑いながら、しかもさも得意げに語った。きっと、寂しくてしょうがないないんだろうな、と私は思った。

IKSが私の家に来たのはそのときだけだった。きっと彼は私が避けているのだと感じたのか、それ以来アマチュア無線でも連絡が取れなくなった。冬になった。私は友達と駅前の本屋の前にいた。そこが我々の溜まり場でもあった。本屋には同級生が参考書を買いにきたりして、図書館の次に仲間に出会える場所だったのだ。ふと見ると歩道をこちらに向かって歩いてくる男女が目に入った。IKSとその奥さんだった。二人とも、小奇麗な格好をしている。奥さんを外で見るのは初めてだった。彼女は少し化粧をしていた。そういう彼女を見るのも初めてだった。

私はそのとき、急に友人の影に隠れるような動きをしてしまった。別に隠れることもないのだ。それをIKSにしっかり見られてしまったようだ。私は緊張していた。IKSは、私達の前を通り過ぎるとき、「よう久しぶり」と言った。彼女はいつものように、にこっと微笑んだ。気のせいか、清楚ないい香りがした。私は咄嗟に「買い物?」と聞いてみた。IKSは全然立ち止まらずにそのまま行ってしまったが、意外なことに彼女が一瞬立ち止まり、「そう!」と返事した。本当に一瞬のことである。遠ざかる二人の背中を見ながら友人が「おまえの友達か?」と聞いた。私は、「まあね。」と曖昧な返事をした。

しばざ記 533

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コメント

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楽しいブログのトラックバック有難うございます。
ずっと見とれてしまいました。

いい話だね。青春だ。

おそれいりやす!

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