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2008年9月18日 (木)

佐野ラーメン(その2)

(下の「佐野ラーメン」の続き)

佐野に電車で行くのは初めて。というか、佐野市街を歩いたのも実は初めて。行きはJRで船橋まで行き、そこから東武線を乗り継いで佐野まで行った。遠いけれど、船橋から佐野まではなんと1,030円で行けてしまう。JRだったらおそらく2,500円くらいだろうか。どうせお金を出すなら東武特急「スペーシア」(特急料金1,000円)を使ったほうがより快適な旅が出来る。もちろん帰りにはそれを使った。

船橋からのんびり東武野田線で春日部まで行く。通勤ラッシュがほぼ終わった時刻なので、野田線はがらがら。刈り入れ時の田園風景を眺めながらの各駅停車の旅は快適。途中単線になる箇所がいくつかあって、上下の電車の擦れ違いが懐かしい。柏の駅で、先に停車している大宮行きのほうが早いということで乗り換える。なんと柏の駅は上下とも行きどまりになっている。つまりスイッチバック方式で、例えば船橋から大宮行きに乗った場合には柏から先は一番後ろが先頭になるのだ。


詳しい地図で見る

上がその柏の近辺の地図。皆さん、知ってました?

ま、そんなことを含めて、電車の旅は楽しいのである。春日部からは急行で久喜まで行く。たまたま来た電車が東武伊勢崎線だったからで、東武日光線だったら東武動物公園駅で乗り換えなければならない。東武線は埼玉、栃木、群馬の辺りが特に複雑なので、ある程度予習が必要である。久喜からは各停の太田行きに乗る。田園風景の中をひたすら北西に向かう。羽生や加須など、田山花袋(だったっけ?)の「田舎教師」の舞台である。館林で今度は東武佐野線に乗り換える。ここで少し待つ。いやいやそんな調子なので、船橋からたっぷり2時間半以上もかかって佐野に到着したのである。

電車賃は安いけれど、これだけたっぷり乗れるというのは実に贅沢なのだ。こういうのはなかなか出来ることではない。

佐野の町は、高い建物があまり無いので、スカーンとしている。当たり前のように木造の商店がまだまだたくさん残っている。川越のように、これ見よがしに観光と直結してなくて、単に古びただけの店がさりげなくあるので、嬉しい。あと5年もするとおそらく半減してしまうので、このサイトを読んで急に佐野に行きたくなった方々はお急ぎくだされ。

一応、佐野厄除け大師も駆け足だったけど見てきた。テレビで、特に年末になると「関東の三大師」というフレーズのCMがこれでもか、ってなくらい登場する。が、それほど驚くような大きい寺ではない。「関東の三大師」と誇張するのは佐野厄除け大師だけで、他の大師はそういうことを言わないような気がする。それから、金の鐘がぶら下がっていたのには驚いた。もちろんホンモノの金が使われているわけではなくペイントだろうとは思う。そういえば本堂の屋根(のエッジ)もキンキラキンに輝いていた。どうも派手なお寺さんだ。それから田中正造翁の墓所があった。偉人だけあって立派な墓である。

* なんとWikipediaを見たら、関東の三大師は、「喜多院(川越大師)」と「拝島大師」とそして「惣宗寺(佐野厄除け大師)」なのだそうだ。川崎大師は違うのね。(恥)

* 田中正造は足尾鉱毒事件を告発した人である。あの時代に体制に立ち向かっていったわけで、凄い人なのである。

しばざ記 535

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