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マイフレンズ

2009年7月11日 (土)

CDが1枚も無い

CDアルバム(一般的に言うところの音楽CD)を1枚も所有していない知人がいる。音楽が嫌いかというとまったくその逆で、仕事(デザイナー)をしながら四六時中、音楽を聴いている。じゃあ、FMを聴いているのかというと、さにあらず。ラジオはバカたれのDJがきゃあぎゃあ騒いでうるさいので一切聴かないという。わかった、i-podなどでMP3を聴いているのだ。ほぼ正解。つい半年くらい前にはそうしていた。だが今はCDと同じファイルサイズ(つまり圧縮したデータではなく、まんまCDの音)をHDDに溜めたデータで聴いているそうだ。凄い時代になったもんだ。

HDDは1TB(テラバイト)の小型で大容量の機器がなんと1万円台で登場してから久しい。いや、ここ1,2年くらいの進化だったか。彼はそれを音楽専用に1台買って、CDアルバムの音を全てそこに入れてしまったという。これならアルバムが1,000枚以上入るし、MP3ファイルのようなやや不満の残る音でもないので、今のところそれがベストだという。そうすることで最も助かっているのは、2,000枚以上はあったCDアルバムがまったく無くなったこと。部屋が想像以上に広くなった。不要になったCDアルバムは、ヤフーオークションでバンバン売ってしまったという。その際、もう聴かないだろうと判断したものについてはデータとしても残さず処分した。ジャケットを見ることが出来ないのは残念だけど、ネットでいくらでも見ることが出来ると彼は言う。それに、クルマで聴きたいものはi-podにデータを移しているらしい。うーむ。ちょっと真似したくなってきたかな。

心配なのは、そのせっせと溜め込んだデータがクラッシュしていっぺんに飛んだらどうすんの、っつうことなんだが、心配ならもう一台HDDを買って、新しくデータを入れるたびに、もう一台にも入れてバックアップを常に取っておけばいいと彼。でも、その以前にそこまで手間かけて保存するもんじゃない。飛んだら、飛んだで、すっきりしていいじゃん。どうしてもまた聴きたいアーティストのアルバムはもう一回買ったり、レンタルしてきて、またHDに入れる、それでいいんじゃないのと彼は言い切る。ますますかっこいい。同様に、アナログで撮ったビデオなどもデータ化して一台の大容量のハードディスクに入れているらしい。

デジカメの写真データについて、私も500GBのHDDを画像データ専用にして保存している。過去のリアルな(プリントした)アルバム(昔のアルバム)の写真も一旦スキャナーで取り込みデジタル化している。そうなってくると、段々思い出の品も実態の無いバーチャルなものになってくる。最後には人間ひとりぶんの様々な体験や所有物もデジタル化して、ハードディスクに記録されるようになるのではないか。つい先日、「バーチャル家族」なんて言葉を使ったが、家族もついでにバーチャルにしちゃえ、友人も・・・・・。そうなってくると、人間、あの高名な小説家が過去に言ったように、人生なんて現象(わたしといふ現象)になってしまうわけだ。いや、もうすでに我々そのものが誰ぞかの所有しているハードディスクの中の単なる記録されているファイルのひとつなのかもしれない。

2009年7月10日 (金)

ベイタウンの逸品

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サマーソニックの3日間、なんと、ベイタウンの味がその会場で味わえることになる。全国から集まってくる音楽ファンの皆さんにアピールできるわけだ。こういった運びになったのは開催者の方々、賑わいづくり研の方々、関係者の尽力に拠るところが大きい。有難いことだ。で、その出品するものをご紹介したい。撮影は昨日。無理やり私が撮った。照明の機材が揃わなかったので、ちと苦労した。

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上は千葉県産の野菜をふんだんに使ったオリジナル・カレー。塩分はもちろんネパールの岩塩を使用している。

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おっと、最後の写真にキャプションを入れるのを忘れた。これはチンタンタンの春雨ラーメン。ぴりっとして、さっぱりした味。春雨のぷるんぷるんした食感と千葉県産の豚肉のマッチングがいい。野菜もたっぷり。   

ホワイトアルバム

ビートルズの中で何が一番好きなアルバムか、というインタビューで私は、ちょっと間を置いてから、「強いて挙げれば『アビイロード』かな?」と言った。きっとビートルズファンだったら私同様こういう質問は苦手だと思う。あるいは、「全部(好き)」というのが正解なのかもしれない。初期と後期に分けて質問してくれるとまだ迷いが少ない。例えば初期だったら間違いなく『ヤア!ヤア!ヤア!(A HARD DAY'S NIGHT)』を挙げている。もちろん『Help!』もいいので、「あ。でも・・・。」と語尾を濁してはいる。結局、まともな返答が出来ない。

『ヤア!ヤア!ヤア!』は1964年の作品。私の特に好きな『テル・ミー・ホワイ』が入っている。1964年といえば、東京オリンピックの開催年であり、新幹線が営業を始めたのもその年である。日本では美空ひばり『柔』、坂本九『明日があるさ』、村田英雄『皆の衆』、都はるみ『アンコ椿は恋の花』、ペギー葉山『学生時代』が流行っていた。そんな時代にあんなにレベルの高い音楽を4人の若者がやっていたというのが信じられないし、それを受け入れたイギリスの国民性も凄いものだ。私はまだ幼くて、洋モノなど聴く術も無かった。

その5年後の1969年、ビートルズは『アビイ・ロード』をリリースしているが、ホワイトアルバムは、その1年前、つまり1968年のリリース。ホワイトアルバムは2枚組みで、ジャケットには何も印刷されていない(エンボス加工あり)という斬新なデザインだった。ただ、当時(といってもビートルズをきちんと認識できた約2年後)の私はそういうセンスが微塵もなくて、「なんだこりゃ!」とやや怒り気味だった。写真が出ていないのは嫌だったし、2枚組みで高いのも敬遠する原因だった。友達が持っているのに、自分はなかなか買えなかったので、大きく差がついてしまった。ホワイトアルバムを聴かずしてビートルズを語るなかれ、だ。私は後年、そのときにちゃんと買ってればよかったと大きな後悔をした。

ホワイトアルバムは曲数も多いし、名曲も多い。先ほどの「アビイロードが一番好き」というのを早くも撤回するけれど、ホワイトアルバムも実に凄いアルバムだ。私が大好きな『アイム・ソー・タイアード』もこの中に入ってるし、『ジュリア』や『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』もある。『ヤー・ブルース』や、『ヘルター・スケルター』などまだ世間ではついてゆけないような雰囲気の曲もあった。私はそういう曲は実はあまり好きじゃなかった。良さが分かるのにはそれから10年を要している。情けない。

そして先日、TSUTAYAでこのホワイトアルバムを借りてきて聴いている。うるうる。

Whitehouse

(↑)小浜氏のいる白い家。(先日訪れたときは誰もいなかった。)
ホワイトアルバムがテーマだったもんで。(苦笑)

ところで、昨日、久々に映像が公開された北の将軍様だったが、かなり衰弱しているのが分かる。大丈夫か、北は。将軍様は67歳。67歳というと、なんとポール・マッカートニーと同い年である。え~~~!?
そう考えるとポールって、めちゃくちゃ若いよね。最近の歌唱だと思われるYOUTUBEの映像観ると、声も殆ど衰えていない。たいしたもんだ。

それから、先日、どこかの大衆食堂のテレビで、若かりし頃の関根恵子(今は高橋恵子)の映像が流れていた。舞台をすっぽかして恋人と失踪、謹慎を経て、女優に復帰する記者会見の様子だ。記者から相当きつい質問を浴びせられていたが、控えめながらもしっかりと受け答えしていた関根に感心する。しかも綺麗だし。その中で凄いなと思った質疑応答が以下。

「貴女は、恋と女優と、どちらかを選択しなければならないと言ったら、どうなんですか?(また失踪するのですか?)」
「私にとっては、水と空気のどちらを選ぶかという選択と同じです。どちらも大切なものです。」

ビートルズのアルバムで一番好きという質問に対して、そう答えればよかったか。(笑)

2009年7月 8日 (水)

千葉国体と牛久

牛久というと牛久沼があって、牛久シャトーがあって、近年では(といってももう十年以上前だけど)牛久大仏があってと、まあそこそこ知名度がある。あのタルブの竹見さんの出身地でもある。といってもそれは茨城県の牛久だ。表題の牛久は上総牛久である。昨日は五井に仕事で行ったので、ついでに小湊鉄道に沿って牛久まで足を延ばした。へへへ。完璧に鉄ちゃんだな。茨城の牛久の隣の佐貫という駅から関鉄龍ヶ崎線というのが出ていて、ディーゼルカーの車両が走っている。それもいつか訪れよう。

朝9時半。千葉国体の事務局へ竹見さんとお邪魔する。以前にも書いたとおり、ベイタウン夏祭りにチーバくんが参加してくれたり、国体のブースが出てくれたりと、まあその関連の打ち合わせだ。昨年まで幕張新都心賑わいづくり研究会のメンバーだったAさんにもお会いできた。

Kokutai

(↑)チーバくんとAさん

そうそうチーバくんをまだ知らない人のために・・・。
チーバくんは横から見ると、千葉県の形をしているのだ。

写真のチーバくんを横から見たら、確かに千葉県だけど・・・。
ちと無理があるかも。(笑)

県庁で竹見さんと別れ、私は市原市の五井へ。真夏のような天候。久しぶりに青空が覗く。暑いけれど、エアコンを入れず窓を開けて走ったら気持ちが良かった。仕事を終え、ごく普通の中華料理屋でランチをし、大竹まことのゴールデンラジオを聴きながら、前述の通りしばし小湊鉄道と併走する。といっても、なんせ昼の時間帯、基本的には上下とも1時間に1本しかないので滅多なことでは列車を拝めない。まして、写真を撮ろうなんてもんなら、そういうときに限って30分くらい待たなければならないのだ。

ところが、ラッキー。養老川に架かる鉄橋を撮ろうとわき道にそれたのだが、遠くで踏み切りの鳴る音が。なんとカメラを構えて2分くらいで鉄橋を小湊鉄道の愛らしい車両が通過した。うーむ、感動的だ。

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(↑)これこれ。
いいっしょ!?
ますます鉄っちゃんになってゆく私なのだ。(でも、本当は古い建物マニアかな?)

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(↑)馬立駅にて。
この写真は私が駅に到着したときに、すでに列車は発車しようとしていた。
つまり行き当たりばったりの撮影だが、いい感じに撮れた。ぞろそろ歩いている人たちは一緒に写っている列車から降りてきて家路に向かう。あれ?高校生ってなんでこんなに早い時刻に帰れるのかな。試験の期間中だからか。

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(↑)これが牛久駅。
近代的(笑)なアーチの向こう側は昭和だった。ってな、まるで「トンネルの向こうは不思議な世界でした」だったっけ?「千と千尋の神隠し」みないな光景。「千と・・・」の映画宣伝では盛んに「トンネルの向こうは・・・」と連呼していた。「トンネルを抜けると雪国であった」はご存知のように川端康成。

宮崎繋がりで、、、。
たまたまだったけれど、ゴールデンラジオの火曜のキャスター 山本モナが「崖の上のポニョ」の話をしていた。話を聞いている限りはポニョは半漁人で、かなり怖いイメージだった。そして、「あれは人魚姫のパクリ」というくらいの勢いで語っていた。ああいうこと言うとまた批判が来ないか心配。あ、私はモナを支持してますよ、もちろん。

牛久に行ったことを話したら、かなりオツなモツ焼き屋さんがあるんですよ、と、内房グルメガイドを執筆したナッキーさん。うーむ。知らなかった。つーか、牛久ってあんまり行かない場所なのだ。でも、そのモツ焼き屋さんには是非行きたい。

自慢じゃないけれど、モツって、ブームが来るずっとずっと前から私の大好物だったのだ。(親父が若い頃から時々一杯飲み屋についていって食べていた。)

http://blogs.myspace.com/index.cfm?fuseaction=blog.view&friendId=1004361155&blogId=497863804
(↑)ナッキーさんのページ

2009年7月 7日 (火)

餃子の王将

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この不況下にあって、元気の良い企業として度々テレビに登場する機会が多い。
私は一昨日、宇都宮で餃子を食べたのにも関わらず、また餃子だ。(笑)

2009年7月 6日 (月)

My Sweet Lord

思い違いも甚だしいと後年恥をかくが、まさにジャージ・ハリソンの「My Sweet Lord」がそれに当たる。私は正直言って、かなりいい歳になっても、「My Sweet Road」だと思っていたし、ギターを弾きながら、そう歌っていた。もっとも、「Lord」と「Road」の発音がちゃんとできるわけではない。英語をちゃんと話せる人の前では歌いたくない。

80年代はじめの頃、NHKのFMでアーティストが1時間の番組を交代でDJをやるような番組があった。その頃、エアチェック(今や死語?)をよくやっていたので、その番組を録音したカセットがいくつか手元にある。今や絶対にメディアに出ないようなアーティストの声も入っていて懐かしい。その番組のアーティストがすごい思い違いをしてくれていて、これが今聴くと、非常に楽しい。某大物アーティストは、その頃流行始めたYMOの「テクノポリス」のことを語り始めたのは言いのだが「テクノポリス」を「技術警察」と訳していた。冗談っぽいけど、かなり真面目に言いきった。

それって、生放送じゃないから、後で編集も出来たんだろう。いや、でも、言えなかったのかも。ディレクターよりもそのアーティストのほうが偉かったんだろう。更に同じ回で、彼は「スター・ウォーズ」という映画のことを一所懸命話していた。ところがだ、彼は「スター・ワーズ」と連呼していた。もちろんスペルが「WARS」だからローマ字読みなら間違ってはいない。しかし、卑しくも(笑)ロックやってる人なわけで、「ワーズ」はないだろうと当時の馬鹿な私(今でも)は思うのだった。ま、こんなのは序の口で、英語の思い違い、知識不足は至る所にあるのだ。

昨今ネットショップ、いわゆるウェブ・ショップがあるのが常識だ。とあるラジオのアナウンサーが2年前くらい前まで、ウェイブ・ショップと言ってた。おそらく「WAVE SHOP」と思っていたのだろう。身近なところにもそういう人がいた。彼は「ネットサーフィン」をやる場所だから「ネット」は「WAVE」で当然だと思っていたのだ。そういうのって笑い話で済ませることが出来ない。「意味深長」という四文字熟語はついつい「意味慎重」と書いてしまう間違いやすい代表格だからしょっちゅうクイズ番組などに登場していた。それはかつての話。今や、逆に間違える人がいないからうっかりと間違えると恥をかく。「興味津々」というのも同様だな。

さて、なぜこんなテーマで話しているかといえば、昨日行ってきた東武ワールドスクエアで、やはり恥ずかしい思いをしたことを思い出したのだ。「サグラダファミリア」というスペインの有名は建築物のレプリカが展示されている。息子が「サグラダ」を「サクラダ」といい間違えて、それを母親(つまり私の妻)に注意されていた。そのときに私は何も言わなかったが、一瞬ぎくっとなった。私もかつては言い間違えて(単に間違って覚えた)、赤っ恥をかいたことがあったからだ。それも、かなりの人がいる場所で。

未だに色々なところで恥をかきながら生きているわけで、それはどうしようもないことなのだ。(笑)

# 東武ワールドスクエア、やはり凄く面白い!!
# もう一回行ってみたい。

欧州旅行

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昨日、突然思い立って、欧州の各国を廻ってきた。生憎雨が降っていたが、行ける機会も滅多に無いので、精力的に古い建築物などを観る。伝統文化の素晴らしさを堪能。写真もたくさん撮ってきた。息子も初めてのヨーロッパに目を輝かせていた。

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(↑)写真はパルテノン神殿
思ったよりもスケールがでかいので驚いた。

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(↑)典型的なヨーロッパの地方都市
なんていう名前だっけ?
おそらくウツーノミヤァという町だ。

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(↑)ベルサイユ宮殿はたくさんの観光客が・・・

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(↑)ヨーロッパで食べる餃子は格別
正嗣(まさし)の餃子に味が似ているような気もする。

正直言うと、まさかヨーロッパにあんなにたくさんの餃子の店があるなんて思ってもみなかった。

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(↑)久々の再会
懐かしいでござる。

正嗣(ヨーロッパ店)に行ったのはちょうど佐川急便が来るような時間帯。店員さんの一人が入り口付近のカウンタの座って、汗をかきながら冷凍餃子の発送のための送り状を書いていた。

いきなり来て四十人前の焼き餃子を注文していったオバチャンもいた。驚き。

それにしても、東武ワールドスクエアは2,500円の入場料。ちと高くないか。ま、でも、めちゃ楽しかったので良しとするか。

熊本城

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これ、かなりホンモノっぽい。
(とてもミニチュアとは思えない。)

借景の山々(鬼怒川温泉近辺)がいい。
その他、万里の長城なども背景との調和が良かった。

2009年7月 5日 (日)

ムーディーブルース

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久々に「Every Good Boy Deserves Favour」(上の写真)をレンタルCD屋で借りてきて聴いた。当時とはまた違った新鮮な音だった。

なんと、彼らは現在でも活動を続けているのだ。(驚)

http://www.moodyblues.co.uk/index_main.html
(↑)OFFICIAL

http://moody-blues.ateliermac.com/
(↑)これ、詳しい。すごい。

「Every Good Boy Deserves Favour」(邦題:「童夢」)は、71年の作品。当時はもちろん大ヒットしたけれど、私がこのアルバムを買った(おそらく73年頃だ)理由は、ジャケの凄さだろう。あと、糸居五郎だか、或いはウルフマン・ジャックだかが深夜のラジオで流してくれたのかもしれない。このアルバムをきっかけに、間違いなくムーディー・ブルースはその後、日本にも浸透するが、更にその後、ほとんどの日本人がこのバンドのことを忘れてしまっている。いや、最初から知らない人もいる。ピンク・フロイドや、イエスの存在があまりにも大きくなって、ちょい地味なムーディーブルースはあまりメディアにも出なくなってしまった。

そのメディアに登場機会が少ないことは逆に言えば、知っていると自慢できるという意味である。プログレの話題になると私は得意気に「ムーディー・ブルースって、知ってる?」と決まり文句のように相手に訊ねていた。80年代の初めの頃は、ちょっとマニアックなプログレファン(プログレファンは総じてマニアックだ)は「知ってるよ!」と逆に身を乗り出して話し始める。むしろ私はムーディー・ブルースのことを2、3のアルバムを聴いているくらいで、そういう人から知識を得ていた。

85年くらいになると、プログレそのものが下火になって、いつの間にかロックはフュージョンして、かなりお洒落になってきた。ハードロックも下火だった。その代わり、その路線はヘビメタとかパンクとして変遷を遂げた。その頃にはムーディー・ブルースを口にする者もいなくなってしまった。あれから24年。その間、残念ながらまともにムーディー・ブルースを聴いたことはない。テレビ、ラジオからも完全に消えてしまった。「Every Good Boy Deserves Favour」ですらだ。名盤なのに、どうして。例えば、ピンクロイドの「狂気」とか、「炎」はNHKのドキュメンタリーで流れてたりするのに。(おそらくプロデューサーがピンクフロイドのファンなんだろうけれど。)

2009年7月 4日 (土)

エピキュラス

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今はエレクトーンシティと名を変えている。
燦然と輝くYAMAHAのロゴマークがかっこいい。
ここがかつて音楽をやっている若者にとっての聖地だった。
武道館よりも逆にここを目指してた人のほうが多かった。

ちょいマス

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この下の記事の中に出てきたとてつもなくいいかげんな店。渋谷区桜ヶ丘にある。何がすごいかっつーと、ツマミ系は殆どがスーパーで買ってきたようなものがそのまま出てくる。3級グルメの王様という感じ。それと、注文するたびにマスターが突っ込む。そして、一人でボケる。なんだかよくわからない。わからないまま、ビール、ホッピー、酎ハイと飲んでしまった。

「ちょいマス」というのは店の名前。どういう意味だか分からない。

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(↑)当店の喰べものは基本的にインチキ・・・・(笑)

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(↑)この人がマスター。
週に2~3回は店に泊るらしい。
「そのほうがいいんだよ。たまに女房見たほうが新鮮だろ??」って、さあぁぁぁあああ。
そりゃそうかもしんないけどさぁ。

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(↑)究極のC級グルメ。
魚肉ソーセージ。
でも立派なツマミだ。
丸かじりというのも出来るようだ。

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(↑)自家栽培のキュウリ。
すごっく瑞々しく、サクサクしてうまかった。採れたてだという。

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(↑)ちょい揚げ過ぎだろう、ってなハムカツ。
殆どが衣。つーか、中身ってあったっけ?(笑)

ま、なんだかんだ言っても面白かったので、是非また行きたい店だ。今度はインスタントラーメンでも食うか!!!

エレクトーンでジャズ

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チカシンガーさんのライブ。エレクトーン誕生50周年記念。な、な、なんとマーサ三宅さん(チカシンガーさんのお母様)もゲスト出演。素晴らしい~。マーサさんはサイコーですなあ。声の衰えがまったく無い。いや、それよりもよりも風格というか、存在感というのか、物凄い光を放っている。ザ・ボーカリストである。かといって、威圧感はない。チャーミングなのだ、これが。

もちろんチカさんも素晴らしい。今回はジャズのみならず、ミュージカルの楽曲やムード歌謡も披露してくれた。こども達とドレミの歌も熱唱する。休憩を挟んで約1時間半(だったかな?)、たっぷりと楽しませてくれた。ビリー・ホリデーの没後50年を記念しての彼女のナンバーも披露してくれた。トレード・マークの髪に白い花をつけて。

それと、今のエレクトーンって、すんげえ進化しているのだ。ホーンも、ストリングスもホンモノっぽいし、なんとギターの音色もかなり凄い。特にウッドベースの音が最高。楽器の編成はそのエレクトーンとドラムの2つしか無いのだが、それで十分。倉沢大樹さんの演奏は本当に凄かった。ドラムの小山太郎さんもいい感じ。さすがNY仕込み!

会場は渋谷のYAMAHAエレクトーンシティ。かつてのエピキュラスだ。私は20代の前半に何度かコンサートで来たことがある。当時はあの辺りでは結構目立つ建物だったが、今はかなり古くなってる。同行のケリーちゃんが、「天井低いね~。」と言ってたけれど、昔の建物はそんな感じだった。昔のエレクトーンも展示されていた。

ライブが終わり、テキトーに入った店が、またなんつーか、面白くて、インスタントラーメンとか、缶詰とか魚肉ソーセージなんてメニューがあって、例えば缶詰のメニューには「この店で一番マトモな味」なんて書いてある。スキンヘッドのマスターは注文する度にひとことずつ何か文句を言う。べらんめえで、ちょっと怖くてとっつきにくいタイプ。でも笑顔が可愛い。相模原の自宅では野菜をつくっている。でかいキュウリをご馳走してくれた。ジャズが好きだという。その店のことを書くとそれだけで1ページを要してしまうくらいの内容なので、それはまた後日ということで。

あまりにもインパクトのある店だったので、ライブの素晴らしい余韻が全て消し飛んでしまうところだった。(笑)

http://www18.ocn.ne.jp/~jfachika/
(↑)チカシンガー オフィシャルサイト

http://www.kyosen.com/
(↑)大橋巨泉(チカさんのお父さん)のサイト

2009年7月 3日 (金)

サマソニ前夜祭に・・・

昨夜、サマソニの件、サマソニ前夜祭の件で、賑わい研の打ち合わせに出席してきました。
そこで決まったこと多々ありますが、サマソニ事務局からとんでもない発表が・・・・。
なんと、前夜祭(8月6日)に超ビッグなアーティストが出演することになりました。誰なのかは混乱を招くということで、口が裂けても言えませんが(笑)、武道館をいっぱいにしてしまうくらいのアーティストであることは間違いありません。

つうことで、当日のオーディエンスは凄いことになりそうです。種明かしはおそらく7月の終わりくらいになりそうです。ああ、楽しみ。

その同じステージにベイ中(BCU with Kana)も立てるわけで、こりゃスンゴイことですなあ。(遠い目)

それから、それに伴い、前夜祭の告知はベイFM等でも流れますし、地元出演者のインタビュー等で「あでるは」や、神田外語大学の生徒さんのつくるガイドブック(3万部)などにも掲載されます。

2009年7月 2日 (木)

草間社長

約1年ぶりに白井梨ブランデー社を訪れる。多忙の草間政一社長との打ち合わせ。8月29日(土)のベイタウン夏祭りの件だ。この日も社長は色々なお客さんが次々と来社されているようで、ひいひい言ってた。でも、楽しそうだった。(笑)

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↑ 草間社長(右)と、S崎氏(ベイタウン在住)。

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↑ 同行者のタルブ・竹見氏。

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↑ お土産になし酎(1,200円)を購入。さっそく飲んだ。意外とドライでうまかった。   

OPA !

書棚には1978年に刊行された「OPA!」(開高健)というA4サイズくらいの上製本がある。時々引っ張り出して読んだりする。ピラニアの写真が不気味である。ピラニアの恐ろしさをこれでもかというくらい書いてある。(文中ではピラーニャと書いてある。)

開高健は私にとってのアイドルである。
1957年 -『裸の王様』で芥川賞。
以降、様々な分野で活躍されている。
サントリーのCFでもお馴染み。
1989年 - 58歳で没。

「私の釣魚大全」文藝春秋(1969年)は私のバイブルでもある。
あんなかっこいい生き方が出来ないものか、そう思いつつも早○○年。
結局、私は開高健にはなれなかった。
ビートルズになれないのはわかっていても、でも開高健になれるかも、なんてちょっぴり思っていたもんだ。(遥かに無理だった。)

Opa

ところで、その「OPA!」に出てくるピラニアよりも怖い魚、カンジェロ(カンディル)。いや、出てくるといっても、写真は載っていない。開高もそのときのブラジルの旅では目にしていないのだ。で、そのカンジェロというのは、魚や動物の体内に入り込み内蔵を喰い散らかす恐ろしいナマズだとか。時には人間の肛門から入り込むらしい。

頭にしっかりとカンジェロという名前をインプットされてしまった。しかし、それきりで、その後ずっと忘れていた。今日、ふと思い立ち「カンジェロ」で検索してみたら、あった、あった。

http://www.kotaro269.com/archives/50354873.html

いや~、本当にそんな恐ろしい魚がいるんですな。
驚き。

http://kawa3104.at.infoseek.co.jp/kandhiru.html

↑こっちにもあった。
アマゾンに行く機会のある人は注意してください。

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